
氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第1章 始まりの夜
とはいえ、トンジュがいつものトンジュらしさを取り戻したことはサヨンを安堵させた。意外な彼の優しさは、不安に潰れそうになっていたサヨンの心にかすかな希望を与えた。
「俺は平気だから、これはお嬢さまが着て下さいませんか? あなたが倒れると、前に進めなくなります。その方が俺はかえって困るんですよ」
言葉はけして優しいものではなかった。むしろ、サヨンに病気になられると、足手まといになる―と指摘されているようにも取れる。
しかし、サヨンはその言葉の裏にある彼の優しさを的確に感じ取れた。だから、素直に彼の勧めに従うことにしたのだった。
サヨンは毛織りの胴着を粗末なチマチョゴリの上に着てから、更に頭から外套をすっぽりと被った。むろん温かさは倍増したけれど、やはり、何も防寒具を身につけていないトンジュが気がかりだ。
「今し方の途中止めになった話ですけど」
トンジュの台詞に、サヨンは物想いから現実に引き戻された。
「え、ええ、その話をしていたんだったわね」
サヨンは微笑み、トンジュの次の言葉を待った。
「あれは気にしないで欲しいんです。俺はたとえ百年経っても、あなたを厄介者だなんて思うことはない」
その時、サヨンはトンジュに訊ねてみたい衝動に駆られた。
―トンジュや、あんたはそこまでこのお嬢さんに惚れてるのかえ。
あの女将のひと言が今も鮮やかに甦るのだ。
むろん、あんな非現実的な話を信じるはずもない。ただ、あまりにも愕いただけだ。
二人の詳しい関係までは知らないけれど、女将にとって、トンジュは恐らく息子のようなものなのだろう。トンジュもまた女将に対してだけは我が儘でやんちゃな息子のようにふるまっていた。
トンジュへの情ゆえに、女将は二人の逃亡に何かもっともらしい理由を見出したかっただけなのだ。少なくともサヨンはそのように理解していた。
「私の方もさっきのこと、お礼を言わなくちゃね。ありがとう、トンジュ」
サヨンが伸び上がるようにしてトンジュの顔を覗き込むと、トンジュは少年のようにさっと顔を赤らめた。
「俺は平気だから、これはお嬢さまが着て下さいませんか? あなたが倒れると、前に進めなくなります。その方が俺はかえって困るんですよ」
言葉はけして優しいものではなかった。むしろ、サヨンに病気になられると、足手まといになる―と指摘されているようにも取れる。
しかし、サヨンはその言葉の裏にある彼の優しさを的確に感じ取れた。だから、素直に彼の勧めに従うことにしたのだった。
サヨンは毛織りの胴着を粗末なチマチョゴリの上に着てから、更に頭から外套をすっぽりと被った。むろん温かさは倍増したけれど、やはり、何も防寒具を身につけていないトンジュが気がかりだ。
「今し方の途中止めになった話ですけど」
トンジュの台詞に、サヨンは物想いから現実に引き戻された。
「え、ええ、その話をしていたんだったわね」
サヨンは微笑み、トンジュの次の言葉を待った。
「あれは気にしないで欲しいんです。俺はたとえ百年経っても、あなたを厄介者だなんて思うことはない」
その時、サヨンはトンジュに訊ねてみたい衝動に駆られた。
―トンジュや、あんたはそこまでこのお嬢さんに惚れてるのかえ。
あの女将のひと言が今も鮮やかに甦るのだ。
むろん、あんな非現実的な話を信じるはずもない。ただ、あまりにも愕いただけだ。
二人の詳しい関係までは知らないけれど、女将にとって、トンジュは恐らく息子のようなものなのだろう。トンジュもまた女将に対してだけは我が儘でやんちゃな息子のようにふるまっていた。
トンジュへの情ゆえに、女将は二人の逃亡に何かもっともらしい理由を見出したかっただけなのだ。少なくともサヨンはそのように理解していた。
「私の方もさっきのこと、お礼を言わなくちゃね。ありがとう、トンジュ」
サヨンが伸び上がるようにしてトンジュの顔を覗き込むと、トンジュは少年のようにさっと顔を赤らめた。
