氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第1章 始まりの夜
サヨンの眼から溢れ出した涙が頬をつたう。温かいはずの涙は真冬の夜風に当たっただけで、すぐに冷たい滴に変わった。
「誤解? 女将のあの言葉が誤解だと、あなたは心からそう思っているのですか?」
トンジュが呆れ果てたと言わんばかりに首を振った。
「あなたは残酷な人だ。俺の気持ちを揺さぶるくせに、追いかければ逃げようとする」
「あなたの言いたいことが私には理解できないの。私があなたに何をしたというの? 私のどこがいけないと言って、あなたはそこまで私を責めるの?」
サヨンが涙混じりの声で言う。
トンジュが重い息を吐いた。
「どうか泣かないで下さい。俺は別にお嬢さまを苦しめたいわけじゃない。ただ、あなたのためにすべてを棄てた俺から離れるだなんて言って欲しくない―ただそれだけなんだ。あなたさえ側にいてくれたら、俺は他には何も望まない」
トンジュの瞳は昏(くら)かった。切迫した瞳の奥には蒼白い焔が燃えているようだ。
サヨンは、その思いつめたような烈しいまなざしを怖いと思った。
「お願いだから、俺から離れるなどと言わないで下さい」
口調は慇懃だが、その烈しい眼(まなこ)は拒むことはけして許さないと告げているようだった。
「わ、私」
サヨンが震えながら口を開こうとするのに、トンジュはやっと微笑んだ。
「判ってくれれば、それで良いんです。大丈夫です。これからは俺が全力であなたをお守りしますから」
屋敷でよく見せていた穏やかな彼に戻ったトンジュは、先刻までとは別人のように見える。
切迫した光は既に双眸から消えていた。
「俺は、これからお嬢さんをある場所に連れてゆこうと考えています」
トンジュがサヨンの腕を掴む。
酒場に立ち寄る前にも、彼はサヨンの腕を掴んだ。あのときも相当の力であったが、今度は更に力がこもっている。あたかもサヨンを逃がさないと語っているようでもあった。
その尋常でない力だけが、豹変したトンジュの名残をわずかに思い起こさせる。
「行きましょう」
トンジュが歩き始める。サヨンはトンジュに腕を掴まれたまま、意思のない人形のようにのろのろと歩き始めた。
「誤解? 女将のあの言葉が誤解だと、あなたは心からそう思っているのですか?」
トンジュが呆れ果てたと言わんばかりに首を振った。
「あなたは残酷な人だ。俺の気持ちを揺さぶるくせに、追いかければ逃げようとする」
「あなたの言いたいことが私には理解できないの。私があなたに何をしたというの? 私のどこがいけないと言って、あなたはそこまで私を責めるの?」
サヨンが涙混じりの声で言う。
トンジュが重い息を吐いた。
「どうか泣かないで下さい。俺は別にお嬢さまを苦しめたいわけじゃない。ただ、あなたのためにすべてを棄てた俺から離れるだなんて言って欲しくない―ただそれだけなんだ。あなたさえ側にいてくれたら、俺は他には何も望まない」
トンジュの瞳は昏(くら)かった。切迫した瞳の奥には蒼白い焔が燃えているようだ。
サヨンは、その思いつめたような烈しいまなざしを怖いと思った。
「お願いだから、俺から離れるなどと言わないで下さい」
口調は慇懃だが、その烈しい眼(まなこ)は拒むことはけして許さないと告げているようだった。
「わ、私」
サヨンが震えながら口を開こうとするのに、トンジュはやっと微笑んだ。
「判ってくれれば、それで良いんです。大丈夫です。これからは俺が全力であなたをお守りしますから」
屋敷でよく見せていた穏やかな彼に戻ったトンジュは、先刻までとは別人のように見える。
切迫した光は既に双眸から消えていた。
「俺は、これからお嬢さんをある場所に連れてゆこうと考えています」
トンジュがサヨンの腕を掴む。
酒場に立ち寄る前にも、彼はサヨンの腕を掴んだ。あのときも相当の力であったが、今度は更に力がこもっている。あたかもサヨンを逃がさないと語っているようでもあった。
その尋常でない力だけが、豹変したトンジュの名残をわずかに思い起こさせる。
「行きましょう」
トンジュが歩き始める。サヨンはトンジュに腕を掴まれたまま、意思のない人形のようにのろのろと歩き始めた。