氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第2章 氷の花
ふと笑いをおさめると、真顔で言った。
「脚のことでは無理をさせてしまいました。どうしても夜明けまでには都を出てしまいたかったものですから。もう、ここまで来ればひと安心でしょう。追っ手も易々とは俺たちを捕まえられないはずですよ」
サヨンが応えないでいると、トンジュが訊ねた。
「それとも、今は気が変わりましたか? 都から来た追っ手に逆に見つけて欲しいと思っているのでしょうね」
「―判らないわ」
こんな卑劣な男と口をきくつもりなどなかったのに、口が自然に動いていた。
「判らない?」
トンジュもサヨンの反応は意外だったらしい。
「何故? 俺と逃げたことを後悔しているのでは?」
短い沈黙の後、サヨンは小さく首を振った。
「判らない。追っ手に保護されて都に帰っても、今までと変わらない運命が待っているか、屋敷の奥深くに閉じ込められて生きながら死んだも同然の生活を送るだけだもの。どっちが良いかなんて、言えるはずがない」
と、トンジュが声を立てて笑った。
愕いてサヨンがトンジュを見る。
「正直な方だ」
ひとしきり笑った後、彼は愉快そうに言った。
「どうやら、お嬢さまは俺が思い込んでいたのは大分違うご気性のようですね。俺は今まであんたを屋敷の外の風に当てれば、すぐに折れてしまう花のような頼りなげな人だと思っていました。清楚で可憐で儚げで。誰かが常に側にいて守ってあげなければ、生きてはゆけない女なのだと」
サヨンは眼を見開いた。
「まさか。トンジュは大きな誤解をしていたようね。私は苦労知らずで育ったから、生活力はないけれど、これで結構頑丈にできているのよ。さっきもそう言ったでしょ。あなたが幾ら私を脅かそうと、私は思いどおりにはならないわよ」
〝残念だったわね〟と肩をそびやかしてやると、トンジュは先刻よりも更に高い声で笑った。
「脚のことでは無理をさせてしまいました。どうしても夜明けまでには都を出てしまいたかったものですから。もう、ここまで来ればひと安心でしょう。追っ手も易々とは俺たちを捕まえられないはずですよ」
サヨンが応えないでいると、トンジュが訊ねた。
「それとも、今は気が変わりましたか? 都から来た追っ手に逆に見つけて欲しいと思っているのでしょうね」
「―判らないわ」
こんな卑劣な男と口をきくつもりなどなかったのに、口が自然に動いていた。
「判らない?」
トンジュもサヨンの反応は意外だったらしい。
「何故? 俺と逃げたことを後悔しているのでは?」
短い沈黙の後、サヨンは小さく首を振った。
「判らない。追っ手に保護されて都に帰っても、今までと変わらない運命が待っているか、屋敷の奥深くに閉じ込められて生きながら死んだも同然の生活を送るだけだもの。どっちが良いかなんて、言えるはずがない」
と、トンジュが声を立てて笑った。
愕いてサヨンがトンジュを見る。
「正直な方だ」
ひとしきり笑った後、彼は愉快そうに言った。
「どうやら、お嬢さまは俺が思い込んでいたのは大分違うご気性のようですね。俺は今まであんたを屋敷の外の風に当てれば、すぐに折れてしまう花のような頼りなげな人だと思っていました。清楚で可憐で儚げで。誰かが常に側にいて守ってあげなければ、生きてはゆけない女なのだと」
サヨンは眼を見開いた。
「まさか。トンジュは大きな誤解をしていたようね。私は苦労知らずで育ったから、生活力はないけれど、これで結構頑丈にできているのよ。さっきもそう言ったでしょ。あなたが幾ら私を脅かそうと、私は思いどおりにはならないわよ」
〝残念だったわね〟と肩をそびやかしてやると、トンジュは先刻よりも更に高い声で笑った。