氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第2章 氷の花
この男の前では弱音を吐きたくないのは山々であったが、幾ら脚を前に出そうとしてもも言うことをきかない。自分の身体でありながら、まるで他人の身体になってしまったかのように意思通りに動かせなかった。
これだけ狭まった道では二人並んで進むことはできす、トンジュのすぐ後ろをついて歩く格好になっていたのに、いつのまにか二人の距離はかなり離れていた。
サヨンがその場に蹲ると、トンジュはすぐに引き返してきた。
「もう歩けませんか?」
顔を覗き込まれ、サヨンは頷いた。もう話す元気もない。
「仕方ない。お嬢さまは嫌でしょうが、ここからは俺が背負って行きます」
いきなりしゃがみ込み背中を差し出され、サヨンは当惑した。トンジュに背負われるだなんて、絶対に嫌だ。
なおも躊躇し続けていると、厳しい声が飛んできた。
「今、俺がここにあなたを置き去りにしたら、どうなると思ってるんです? この山には獰猛な猪がいるんですよ。それだけじゃない、猪の他にも狼だっている。明日の朝には獣にさんざん食い尽くされて骸になったあなたが転がってるでしょうね」
「―!」
サヨンは慌ててトンジュの背に近づいた。このままここにいたら、トンジュの恐ろしい話が現実になってしまいそうで、途方もなく怖かった。
「さあ、骸になるのが嫌なら、素直に言うことをきいて下さい」
そのひと言で覚悟を決め、サヨンは男の背に負われた。どんな卑劣な男であろうと、人食い狼や鋭い牙を持つ猪よりはマシだ。
サヨンを背に負ったトンジュは、難なく山道を登ってゆく。人ひとりを背負っているとは信じられないほどの身軽さである。
―こんな男の助けなど当てにするのではなかった。
刻が経つにつれて、サヨンの中で渦巻く後悔は大きく膨れ上がってゆく。あまりの怖ろしさと不安に、サヨンの精神状態はギリギリまで追い詰められていた。
大声を上げて泣くことすらできず、サヨンは込み上げきた涙を懸命に堪えた。しかし、どうしても堪えきれなかった涙がひと粒こぼれ落ちる。
その温かな滴はトンジュのうなじの辺りに落ちた。
これだけ狭まった道では二人並んで進むことはできす、トンジュのすぐ後ろをついて歩く格好になっていたのに、いつのまにか二人の距離はかなり離れていた。
サヨンがその場に蹲ると、トンジュはすぐに引き返してきた。
「もう歩けませんか?」
顔を覗き込まれ、サヨンは頷いた。もう話す元気もない。
「仕方ない。お嬢さまは嫌でしょうが、ここからは俺が背負って行きます」
いきなりしゃがみ込み背中を差し出され、サヨンは当惑した。トンジュに背負われるだなんて、絶対に嫌だ。
なおも躊躇し続けていると、厳しい声が飛んできた。
「今、俺がここにあなたを置き去りにしたら、どうなると思ってるんです? この山には獰猛な猪がいるんですよ。それだけじゃない、猪の他にも狼だっている。明日の朝には獣にさんざん食い尽くされて骸になったあなたが転がってるでしょうね」
「―!」
サヨンは慌ててトンジュの背に近づいた。このままここにいたら、トンジュの恐ろしい話が現実になってしまいそうで、途方もなく怖かった。
「さあ、骸になるのが嫌なら、素直に言うことをきいて下さい」
そのひと言で覚悟を決め、サヨンは男の背に負われた。どんな卑劣な男であろうと、人食い狼や鋭い牙を持つ猪よりはマシだ。
サヨンを背に負ったトンジュは、難なく山道を登ってゆく。人ひとりを背負っているとは信じられないほどの身軽さである。
―こんな男の助けなど当てにするのではなかった。
刻が経つにつれて、サヨンの中で渦巻く後悔は大きく膨れ上がってゆく。あまりの怖ろしさと不安に、サヨンの精神状態はギリギリまで追い詰められていた。
大声を上げて泣くことすらできず、サヨンは込み上げきた涙を懸命に堪えた。しかし、どうしても堪えきれなかった涙がひと粒こぼれ落ちる。
その温かな滴はトンジュのうなじの辺りに落ちた。