氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第2章 氷の花
「何度も同じ台詞を言わせないでくれませんか。俺はあなたをもう誰にも渡すつもりはない、サヨンさま」
〝サヨンさま〟と、トンジュはわざと彼女の名前をゆっくりと引き延ばすように発音した。
何故なのか、この男に名を呼ばれると、サヨンの奥深くに眠る何かが烈しくざわめくようであった。
「もうちょっと愉しい話をするとしましょうか」
ふいにトンジュの声の調子がガラリと変わった。やや抑え気味だったのが少し明るくなる。
「先刻、見た氷華は、いかがでした?」
「綺麗だったわ。そんな単調な言い方で片付けてしまうのは勿体ないくらい。何て言ったら良いのか、夢の中の光景のように美しかった」
そこで、ほんの悪戯心が起きた。
「あなたとここまで一緒に来て、良かったといえば、あの素晴らしい眺めを見せて貰ったことくらいだわね」
「お嬢さまもなかなかきついことをさらりと言いますね。これもまた新たに発見した意外な一面だ」
トンジュもまた負けずに応酬する。
「私たち、お互いについて短い間に色々な発見があったわ」
口にしてから、サヨンは後悔する羽目になった。うっかり〝私たち〟などと言ってしまったけれど、二人だけで逃避行を続けている真っ最中に使うには、あまりに親密すぎる気がした。
「ただの働き者の下男から少しは印象が変わりましたか?」
案の定、トンジュがまたその話を持ち出したので、サヨンは沈黙という形で我が身を守った。
トンジュもまた、折角明るくなりかけた雰囲気を壊したくはなかったようだ。今し方の話題など存在しなかったかのように話を元に戻した。
「あそこの氷華には、ちゃんと名前があるんですよ」
「名前? 地名のようなものなの」
「ええ、〝天上苑〟っていう名前が昔から伝わっているんです」
「トンジュはあそこが蓮の枯れ跡だと言っていたわよね」
〝サヨンさま〟と、トンジュはわざと彼女の名前をゆっくりと引き延ばすように発音した。
何故なのか、この男に名を呼ばれると、サヨンの奥深くに眠る何かが烈しくざわめくようであった。
「もうちょっと愉しい話をするとしましょうか」
ふいにトンジュの声の調子がガラリと変わった。やや抑え気味だったのが少し明るくなる。
「先刻、見た氷華は、いかがでした?」
「綺麗だったわ。そんな単調な言い方で片付けてしまうのは勿体ないくらい。何て言ったら良いのか、夢の中の光景のように美しかった」
そこで、ほんの悪戯心が起きた。
「あなたとここまで一緒に来て、良かったといえば、あの素晴らしい眺めを見せて貰ったことくらいだわね」
「お嬢さまもなかなかきついことをさらりと言いますね。これもまた新たに発見した意外な一面だ」
トンジュもまた負けずに応酬する。
「私たち、お互いについて短い間に色々な発見があったわ」
口にしてから、サヨンは後悔する羽目になった。うっかり〝私たち〟などと言ってしまったけれど、二人だけで逃避行を続けている真っ最中に使うには、あまりに親密すぎる気がした。
「ただの働き者の下男から少しは印象が変わりましたか?」
案の定、トンジュがまたその話を持ち出したので、サヨンは沈黙という形で我が身を守った。
トンジュもまた、折角明るくなりかけた雰囲気を壊したくはなかったようだ。今し方の話題など存在しなかったかのように話を元に戻した。
「あそこの氷華には、ちゃんと名前があるんですよ」
「名前? 地名のようなものなの」
「ええ、〝天上苑〟っていう名前が昔から伝わっているんです」
「トンジュはあそこが蓮の枯れ跡だと言っていたわよね」