氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第2章 氷の花
娘はひたすら恐れたのだ。もし自分がどちらか一方を生涯の伴侶として選べば、選ばれなかった方は当然哀しむだろうし、二人の親友の仲がどう悪化するか判らない。
娘は人知れず近くの山に分け入り、自害して果てたといわれる。
その後、娘の父である両班は娘の供養のために大がかりな工事を行い、池を作らせた。到底人の手になるものとは思えない巨大な池に無数の蓮花を植えさせたのだ。
夏になると、池にはあまたの蓮が咲き誇り、さながら天上の楽園、極楽浄土もかくありなんと思えるほどの絶景が出現する。この辺りの人々はいつしか、その池を〝天上苑〟と呼ぶようになった。
「それは本当にあった話なの?」
サヨンが訊ねると、トンジュは頷いた。
「古い言い伝えではありますが、現実に起こった話で、作り話ではないそうです」
「哀しい話ね」
呟き、はるか昔に自ら生命を絶った薄幸な佳人に想いを馳せてみる。二人の男の恋の鞘当ての板挟みになり、どちらも選べなくて死を選んだとは、あまりに壮絶で哀しい選択だった。
「もし―」
トンジュが口ごもった。
「もし、お嬢さまが話の中の女人の立場だったら、どうすると思いますか?」
「判らないわ」
サヨンは正直に応えた。そして、少し考えて、ゆっくりと付け足す。
「でも、多分だけれど、彼女みたいに死は選ばないと思うの。だって、死んでしまったら、それですべてが終わりでしょ。だから、自分から死のうとするのは最後の最後ね」
「死んでしまえば、すべてが終わりですか。いかにもあなたらしい応えですね」
トンジュの声が笑みを含んでいる。サヨンはそれに気づき、頬を膨らませた。
「どうも褒められているわけではないわよね」
「いいえ、前向きで現実的な考え方だと思いますよ。あなたがどちらかを選んだがために、二人の男たちの間が険悪になったら、どうします?」
予期せぬ問いに、サヨンは戸惑った。
「それは―難しい問題だわよね。でも、本当にその男を慕っていて、きちんと自分で考えて出した結果なら、仕方ないでしょう。諍いが起こったら哀しいことだけど、自分が誰かを選んだことが原因なら、結果というか現実として受け止めるしかないでしょうね」
娘は人知れず近くの山に分け入り、自害して果てたといわれる。
その後、娘の父である両班は娘の供養のために大がかりな工事を行い、池を作らせた。到底人の手になるものとは思えない巨大な池に無数の蓮花を植えさせたのだ。
夏になると、池にはあまたの蓮が咲き誇り、さながら天上の楽園、極楽浄土もかくありなんと思えるほどの絶景が出現する。この辺りの人々はいつしか、その池を〝天上苑〟と呼ぶようになった。
「それは本当にあった話なの?」
サヨンが訊ねると、トンジュは頷いた。
「古い言い伝えではありますが、現実に起こった話で、作り話ではないそうです」
「哀しい話ね」
呟き、はるか昔に自ら生命を絶った薄幸な佳人に想いを馳せてみる。二人の男の恋の鞘当ての板挟みになり、どちらも選べなくて死を選んだとは、あまりに壮絶で哀しい選択だった。
「もし―」
トンジュが口ごもった。
「もし、お嬢さまが話の中の女人の立場だったら、どうすると思いますか?」
「判らないわ」
サヨンは正直に応えた。そして、少し考えて、ゆっくりと付け足す。
「でも、多分だけれど、彼女みたいに死は選ばないと思うの。だって、死んでしまったら、それですべてが終わりでしょ。だから、自分から死のうとするのは最後の最後ね」
「死んでしまえば、すべてが終わりですか。いかにもあなたらしい応えですね」
トンジュの声が笑みを含んでいる。サヨンはそれに気づき、頬を膨らませた。
「どうも褒められているわけではないわよね」
「いいえ、前向きで現実的な考え方だと思いますよ。あなたがどちらかを選んだがために、二人の男たちの間が険悪になったら、どうします?」
予期せぬ問いに、サヨンは戸惑った。
「それは―難しい問題だわよね。でも、本当にその男を慕っていて、きちんと自分で考えて出した結果なら、仕方ないでしょう。諍いが起こったら哀しいことだけど、自分が誰かを選んだことが原因なら、結果というか現実として受け止めるしかないでしょうね」