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氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第2章 氷の花

「私の方こそ、あなたに訊きたい。私を屋敷から連れ出してくれたことには感謝するべきかもしれない。でも、だからといって、私があなたにずっと付いてゆかなければならないわけではないでしょう。あなたは何故、私を拘束しようとするの? 何度も言うけれど、私は自分の道を歩きたいの」
「俺があなたを拘束する理由? さあ、何ででしょうね」
 トンジュは肩をすくめて見せ、立ち上がった。
「はぐらかさないで!」
 サヨンがカッとなって叫ぶと、トンジュは薄く笑った。
「今に判りますよ」
 刹那、トンジュの双眸に妖しい光が煌めいた。まるで蛇が捕らえた獲物を遠巻きに眺めているような冷たい光。
 サヨンはその冷たい光が閃く眼(まなこ)に見つめられた途端、全身が総毛立った。
 この男は一体、何者なの?
 またしても、こんな男にのこのこと付いてきた我が身の愚かさを呪わずにはいられない。
「少し薪を拾ってきます。もうとっくに夜は明けているはずですが、何しろ、これだけ深い森の中ですから、昼間でもあまり明るくはならないんですよ。それに、寒さも堪えるでしょう?」
 トンジュは手近にあった木の枝の中でも特に太くて頑丈そうなものを選び、急ごしらえの天幕を張った。どうやら、彼が持参した袋の中にはかなり役立つものが入っているらしい。
 いずれも、酒場の女将が用意してくれたものばかりである。見ただけでも、かなり重そうな袋だ。トンジュはその袋を肩にかけ、険しい山道をサヨンを背負って登ったのだ。
 天幕を作るのに使った布も袋の中から出てきた。枝を地面に立て、天井と両脇だけを布で覆った至って簡略なものだが、それでも雨露や寒さを幾ばくかは凌いでくれるはずだ。
 天幕の真正面は布がなく、そこから出入りすれば良い。
 トンジュは手際よく天幕を張り終えると、手に付いた泥を払い落とした。
「すぐに帰ってくるので、絶対にここを動かないで。もし逃げ出して迷ってしまったら、冗談ではなく大変なことになりますからね」
 言い残し去ってゆこうとし、ふいに彼が立ち止まった。そのままの体勢で首だけねじ曲げるようにして振り向く。

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