氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第3章 幻の村
トンジュの姿が樹々の向こうに消えたのを見届けてから、サヨンは天幕の周囲をゆっくりと歩いてみた。
なるほど、彼の言葉には頷かされた。樹齢すら定かではない巨木が身を寄せ合うように立っていて、しかもそれがどこまでも際限なく続いているのだ。その中にサヨンが紛れ込んでしまったら、この辺りの地理をよく知っているというトンジュでさえ、見つけるのは至難の業だろう。
まさに森の海である。今、天幕が建っている場所は広場と呼べるほどの規模で、樹は見当たらない。年数を経てはいるが、明らかに人の手によって切り取られた痕跡―切り株が随所に見られた。
天幕の側に一本だけ梅の樹が立っているのに気づき、サヨンは近寄った。
早咲きの梅の花だ。白い小さな花は可憐で、こんな見る人とておらぬ山奥でひっそりと咲く花がいじらしく思える。そっと鼻を近づけると、ほのかな香りが鼻腔をくすぐった。
もし本当にここに暮らすのだとすれば、この花が幾ばくかでも心の慰めになってくれるに違いない。
広場には確かに樹はないが、トンジュの指摘したように、周囲を鬱蒼とした森に囲まれているため、朝や昼でも一日中薄暗いのだ。
これで、夜になれば、辺りは真っ暗闇に塗り込められるはずだ。トンジュがいれば身の危険はないかもしれないけれど、こんな誰もいない場所で薄気味の悪い男と二人だけで暮らすと考えだたけで、目眩がするようだった。
サヨンはうつろな足取りで天幕に戻り、頽れるように座り込んだ。こめかみを手のひらで押さえ、軽く揉む。
何だか額が熱いように思えた。いや、額だけではなく、身体全体が燃えるように熱い。
そっと襟元から手を差し入れてみると、服の下は汗びっしょりだ。サヨンは外套を脱ぐと、毛織りの胴着も脱いだ。
それでもまだ身体の火照りはおさまらない。仕方なくチョゴリの前紐を解き、それも脱いでしまった。勢いで下着も脱ぐ。
その時、妙だと気づくべきだった。一月の最も寒いこの時季に、上半身だけとはいえ半裸に近い姿になって、寒いと感じない方が不自然だった。どこか身体に変調を来していなければ、こんな状態になるはずがない。
下着を肩から滑らせた時、何かが地面に落ちる衝撃音が聞こえた。
サヨンはその物音に驚愕し、顔を上げる。
と、天幕の前に呆然と佇み、こちらを凝視しているトンジュと眼が合った。
なるほど、彼の言葉には頷かされた。樹齢すら定かではない巨木が身を寄せ合うように立っていて、しかもそれがどこまでも際限なく続いているのだ。その中にサヨンが紛れ込んでしまったら、この辺りの地理をよく知っているというトンジュでさえ、見つけるのは至難の業だろう。
まさに森の海である。今、天幕が建っている場所は広場と呼べるほどの規模で、樹は見当たらない。年数を経てはいるが、明らかに人の手によって切り取られた痕跡―切り株が随所に見られた。
天幕の側に一本だけ梅の樹が立っているのに気づき、サヨンは近寄った。
早咲きの梅の花だ。白い小さな花は可憐で、こんな見る人とておらぬ山奥でひっそりと咲く花がいじらしく思える。そっと鼻を近づけると、ほのかな香りが鼻腔をくすぐった。
もし本当にここに暮らすのだとすれば、この花が幾ばくかでも心の慰めになってくれるに違いない。
広場には確かに樹はないが、トンジュの指摘したように、周囲を鬱蒼とした森に囲まれているため、朝や昼でも一日中薄暗いのだ。
これで、夜になれば、辺りは真っ暗闇に塗り込められるはずだ。トンジュがいれば身の危険はないかもしれないけれど、こんな誰もいない場所で薄気味の悪い男と二人だけで暮らすと考えだたけで、目眩がするようだった。
サヨンはうつろな足取りで天幕に戻り、頽れるように座り込んだ。こめかみを手のひらで押さえ、軽く揉む。
何だか額が熱いように思えた。いや、額だけではなく、身体全体が燃えるように熱い。
そっと襟元から手を差し入れてみると、服の下は汗びっしょりだ。サヨンは外套を脱ぐと、毛織りの胴着も脱いだ。
それでもまだ身体の火照りはおさまらない。仕方なくチョゴリの前紐を解き、それも脱いでしまった。勢いで下着も脱ぐ。
その時、妙だと気づくべきだった。一月の最も寒いこの時季に、上半身だけとはいえ半裸に近い姿になって、寒いと感じない方が不自然だった。どこか身体に変調を来していなければ、こんな状態になるはずがない。
下着を肩から滑らせた時、何かが地面に落ちる衝撃音が聞こえた。
サヨンはその物音に驚愕し、顔を上げる。
と、天幕の前に呆然と佇み、こちらを凝視しているトンジュと眼が合った。