氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第3章 幻の村
トンジュがサヨンに近寄った―かと思うと、いきなり、ふわりと抱き上げられた。
「ト、トンジュ?」
狼狽え、もがくサヨンを抱きかかえ、トンジュは極上の笑みを刻む。
―この男(ひと)は、何て素敵な笑顔で笑うの―。
刹那、サヨンの胸の鼓動が速くなった。
「サヨンさま、よく聞いて下さい。屋敷内でどういわれていたかは知りませんが、俺は確かに妓房に上がったことは何度かあります。あなたには隠し事をしたくないから正直に言います。でも、俺が恋い慕っているのはサヨンさま、あなただけだ。ましてや、あなたとこうして一緒に暮らすようになったのだから、これからは二度と他の女は抱きません」
あまりにも直截な告白に、サヨンは返す言葉が見つからなかった。
「ね、もう降ろして」
消え入りそうな声で頼むと、サヨンの身体は静かに降ろされた。
「洗い物はやっぱり、私がしておくから。町までは遠いわ。早く出た方が良いと思う」
トンジュの方を見ないで、もぞもぞと口の中で呟く。
「そんなに俺を早く追い出して、一人になりたいですか?」
トンジュが眉をつり上げた。
「―早く行って、早く帰ってきて。家を早く出れば、それだけ早く戻ってこられるでしょう」
トンジュの顔を見ながらは到底口にできない台詞だ。
現金なもので、途端にトンジュの顔がパッと明るくなった。
「俺がいないのが淋しいんですね」
「そんなのじゃないわ」
サヨンはあらぬ方を向いたまま、わざと素っ気なく応えた。
次の瞬間、サヨンはトンジュにきつく抱きしめられていた。
「トンジュ!」
サヨンは取り乱し、懸命に小さな手で男の厚い胸板を押し返そうとする。
トンジュがサヨンの背を撫でた。
「これ以上は何もしませんから、少しだけ、このままでいさせて下さい」
そうまで言われて、抵抗はできない。
実際、ここひと月の間、彼はサヨンの嫌がることは一切しようとしなかったし、不必要に身体に触れたりもしなかった。ひと部屋しかない部屋で眠る夜には、布団はむろん別々に敷いている。
「ト、トンジュ?」
狼狽え、もがくサヨンを抱きかかえ、トンジュは極上の笑みを刻む。
―この男(ひと)は、何て素敵な笑顔で笑うの―。
刹那、サヨンの胸の鼓動が速くなった。
「サヨンさま、よく聞いて下さい。屋敷内でどういわれていたかは知りませんが、俺は確かに妓房に上がったことは何度かあります。あなたには隠し事をしたくないから正直に言います。でも、俺が恋い慕っているのはサヨンさま、あなただけだ。ましてや、あなたとこうして一緒に暮らすようになったのだから、これからは二度と他の女は抱きません」
あまりにも直截な告白に、サヨンは返す言葉が見つからなかった。
「ね、もう降ろして」
消え入りそうな声で頼むと、サヨンの身体は静かに降ろされた。
「洗い物はやっぱり、私がしておくから。町までは遠いわ。早く出た方が良いと思う」
トンジュの方を見ないで、もぞもぞと口の中で呟く。
「そんなに俺を早く追い出して、一人になりたいですか?」
トンジュが眉をつり上げた。
「―早く行って、早く帰ってきて。家を早く出れば、それだけ早く戻ってこられるでしょう」
トンジュの顔を見ながらは到底口にできない台詞だ。
現金なもので、途端にトンジュの顔がパッと明るくなった。
「俺がいないのが淋しいんですね」
「そんなのじゃないわ」
サヨンはあらぬ方を向いたまま、わざと素っ気なく応えた。
次の瞬間、サヨンはトンジュにきつく抱きしめられていた。
「トンジュ!」
サヨンは取り乱し、懸命に小さな手で男の厚い胸板を押し返そうとする。
トンジュがサヨンの背を撫でた。
「これ以上は何もしませんから、少しだけ、このままでいさせて下さい」
そうまで言われて、抵抗はできない。
実際、ここひと月の間、彼はサヨンの嫌がることは一切しようとしなかったし、不必要に身体に触れたりもしなかった。ひと部屋しかない部屋で眠る夜には、布団はむろん別々に敷いている。