氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第3章 幻の村
町に買い物にゆくと言っていたけれど、あれもサヨンをここに残して自分だけいなくなるための口実ではなかったのだろうか。
その一方で、トンジュが絶対にそんなことはしないとも思った。トンジュは目的を遂げるためには冷酷になれるが、責任感のない男ではなかった。むしろ男気のある男だ。
たとえサヨンの存在が重荷になったしても、ここに一人残しておけば餓死するのが判っていて、サヨンを置き去りにするようなことはしないだろう。
いや、果たして、本当にそうなのだろうか。
トンジュの責任感が幾ら強かろうが、彼も所詮は人間である。自分が身軽になって新しい人生を始めるためには、サヨンなど、あっさりと切り捨てるのではないだろうか。
考え始めると、どうも悲観的になって悪い方へとばかり思考がいってしまう。
サヨンは矢も楯もたまらず、再び扉を開けて外に出た。
天を仰ぐと、はるか頭上に黄色い月がぼんやりと浮かんでいるのが見えた。太陽と同様、ここからでは月も朧にしか見えない。
そういえば、トンジュと都を旅立った夜も満月だった。サヨンは首を振り、ふっくらとした丸い月から眼を逸らした。
その時、風もないのに樹がザワリと揺れた。ハッと面を上げると、葉を茂らせた樹々の向こうから急ぎ足でこちらに向かってくる男の姿が見えた。
トンジュの姿を眼に映すかやいなや、サヨンは男の名を呼び、走っていた。
「トンジュ」
サヨンは矢のような勢いでトンジュに向かって走り、トンジュの広い胸に飛び込んだ。
トンジュは驚愕の表情を浮かべ、唖然としてサヨンを見た。慌てて手を伸ばしかけるも、その手は中途半端に浮かんだままだ。
それは、トンジュに触れられることを嫌がるサヨンへの気遣いだった。
「お帰りなさい。遅かったのね。途中で何かあったのかと心配していたのよ」
「遅くなってしまって、済みません。つい町に長居をしてしまったんです。あまり人眼についたらまずいと思いながらも、捜し物がなかなか見つからなくて、手こずりました」
「そうだったの? 必要なものが手に入らなかったの?」
トンジュはサヨンを安心させるように微笑みかけた。
その一方で、トンジュが絶対にそんなことはしないとも思った。トンジュは目的を遂げるためには冷酷になれるが、責任感のない男ではなかった。むしろ男気のある男だ。
たとえサヨンの存在が重荷になったしても、ここに一人残しておけば餓死するのが判っていて、サヨンを置き去りにするようなことはしないだろう。
いや、果たして、本当にそうなのだろうか。
トンジュの責任感が幾ら強かろうが、彼も所詮は人間である。自分が身軽になって新しい人生を始めるためには、サヨンなど、あっさりと切り捨てるのではないだろうか。
考え始めると、どうも悲観的になって悪い方へとばかり思考がいってしまう。
サヨンは矢も楯もたまらず、再び扉を開けて外に出た。
天を仰ぐと、はるか頭上に黄色い月がぼんやりと浮かんでいるのが見えた。太陽と同様、ここからでは月も朧にしか見えない。
そういえば、トンジュと都を旅立った夜も満月だった。サヨンは首を振り、ふっくらとした丸い月から眼を逸らした。
その時、風もないのに樹がザワリと揺れた。ハッと面を上げると、葉を茂らせた樹々の向こうから急ぎ足でこちらに向かってくる男の姿が見えた。
トンジュの姿を眼に映すかやいなや、サヨンは男の名を呼び、走っていた。
「トンジュ」
サヨンは矢のような勢いでトンジュに向かって走り、トンジュの広い胸に飛び込んだ。
トンジュは驚愕の表情を浮かべ、唖然としてサヨンを見た。慌てて手を伸ばしかけるも、その手は中途半端に浮かんだままだ。
それは、トンジュに触れられることを嫌がるサヨンへの気遣いだった。
「お帰りなさい。遅かったのね。途中で何かあったのかと心配していたのよ」
「遅くなってしまって、済みません。つい町に長居をしてしまったんです。あまり人眼についたらまずいと思いながらも、捜し物がなかなか見つからなくて、手こずりました」
「そうだったの? 必要なものが手に入らなかったの?」
トンジュはサヨンを安心させるように微笑みかけた。