氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第3章 幻の村
「いいえ、そちらは抜かりありません。これから一、二ヶ月はまた山に籠もって暮らせるだけのものは調達してきました」
「私、あなたが留守の間、馬鹿なことを考えてしまったわ」
トンジュの顔に訝しげな表情が浮かんだ。
「―やはり逃げようと思ったのですか?」
切れ長の双眸に、警戒の色が濃く浮かび上がる。サヨンは笑った。
「ううん、その反対よ。あなたの方がもうここには二度と帰ってこないかと思ったの」
一瞬の間があり、トンジュが眼を瞠った。
「まさか、俺がそんなことをするはずないでしょう。あなたを一人残してゆくなんて」
「そうよね。あなたは責任感のある人だもの。私が邪魔になったって、ここに置き去りにしたりはしないわよね」
サヨンが頷くと、トンジュが微笑んだ。
「埒のないことを考えないで下さいね。ここに残してゆくくらいなら、最初から連れてきたりはしませんよ」
「お疲れさま、遠い道程で、疲れたでしょう。ちゃんと夕ご飯を用意してあるのよ。信じられないかもしれないけれど、腕によりをかけたの。私の作ったものだから、お腹が痛くなったときのためのお薬もちゃんと呑んでね」
ふざけて言った時、ふいに引き寄せられ、強く抱きしめられた。
「何て可愛いことを言うんだ、あなたは。お嬢さま、俺は助けてあげると何とか言って、お嬢さまを結局は騙す形でここに連れてきてしまいました。名家の令嬢を攫って逃げたこの罪は、自分が一生背負っていかなければならないと腹を括っていたんです。でも、今のあなたの言葉を聞いて、あなたには申し訳ありませんが、あなたをここに連れてきて良かったと思った」
トンジュの胸に抱かれていると、どうしてだか胸の鼓動が速くなる。サヨンは照れくささのあまり、トンジュの胸を軽く押した。
「お腹が空いたでしょ? 早くお夕飯にしないと」
紅くなった頬を見られたくなくて、サヨンは急いで先に立って家に入った。
外に立つトンジュがサヨンの背に回していた手を握りしめ、悔しげに拳を見つめていたのにも気付かずに。―それが原因で、すべての歯車が噛み合わなくなってしまうとは、その時、想像だにしなかった。
家に入ってきたトンジュはサヨンが並べた卓の上の夕飯には見向きもせず、背負って帰った袋を覗いている。
「私、あなたが留守の間、馬鹿なことを考えてしまったわ」
トンジュの顔に訝しげな表情が浮かんだ。
「―やはり逃げようと思ったのですか?」
切れ長の双眸に、警戒の色が濃く浮かび上がる。サヨンは笑った。
「ううん、その反対よ。あなたの方がもうここには二度と帰ってこないかと思ったの」
一瞬の間があり、トンジュが眼を瞠った。
「まさか、俺がそんなことをするはずないでしょう。あなたを一人残してゆくなんて」
「そうよね。あなたは責任感のある人だもの。私が邪魔になったって、ここに置き去りにしたりはしないわよね」
サヨンが頷くと、トンジュが微笑んだ。
「埒のないことを考えないで下さいね。ここに残してゆくくらいなら、最初から連れてきたりはしませんよ」
「お疲れさま、遠い道程で、疲れたでしょう。ちゃんと夕ご飯を用意してあるのよ。信じられないかもしれないけれど、腕によりをかけたの。私の作ったものだから、お腹が痛くなったときのためのお薬もちゃんと呑んでね」
ふざけて言った時、ふいに引き寄せられ、強く抱きしめられた。
「何て可愛いことを言うんだ、あなたは。お嬢さま、俺は助けてあげると何とか言って、お嬢さまを結局は騙す形でここに連れてきてしまいました。名家の令嬢を攫って逃げたこの罪は、自分が一生背負っていかなければならないと腹を括っていたんです。でも、今のあなたの言葉を聞いて、あなたには申し訳ありませんが、あなたをここに連れてきて良かったと思った」
トンジュの胸に抱かれていると、どうしてだか胸の鼓動が速くなる。サヨンは照れくささのあまり、トンジュの胸を軽く押した。
「お腹が空いたでしょ? 早くお夕飯にしないと」
紅くなった頬を見られたくなくて、サヨンは急いで先に立って家に入った。
外に立つトンジュがサヨンの背に回していた手を握りしめ、悔しげに拳を見つめていたのにも気付かずに。―それが原因で、すべての歯車が噛み合わなくなってしまうとは、その時、想像だにしなかった。
家に入ってきたトンジュはサヨンが並べた卓の上の夕飯には見向きもせず、背負って帰った袋を覗いている。