氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第3章 幻の村
少し大きめの卓には、丁度、二人が向かい合って食べるに手頃な大きさだ。卓の上には炊き上がった飯と猪肉の燻製、更にサヨンの奮闘の成果―例の焼き菓子が山盛りになっていた。
「トンジュ、話があるの」
サヨンは居住まいを正した。
「何ですか?」
トンジュはサヨンの方を見もせずに、気のない口ぶりで相槌を打つ。
「ここのところのあなたを見ていて、私なりに考えたのよ。あなたは私のために毎日、身を粉にして働いている。でも、私はといえば、家で安穏に暮らしているだけ。それでは、いくら何でも、あなたに申し訳ないわ。私にもやればできることがあると思うの。だから、自分が得意なものの中で仕事になりそうなものを考えて―」
しかし、トンジュはサヨンに皆まで言わなかった。
「その必要はありません。あなたは今も食事の支度や洗濯といった女の仕事をしている。今更、他に仕事をする必要もないでしょう」
不運にも、サヨンはその台詞を誤解してしまった。
「大丈夫、他の仕事を始めたからといって、家事をおろそかにしたり手抜きはしないから、安心して。もっとも、今だって、食事は殆ど、あなたに作って貰ってるし、私がしていることといえば洗濯と掃除くらいのものだけどね。お料理もトンジュに教えて貰って、これからは、まともなものが作れるように頑張るわ」
「頑張る必要なんて、ないんですよ」
サヨンはトンジュの口から出た冷ややかな台詞に硬直した。
「え?」
思わず聞き直すと、トンジュがゆっくりと言った。
「お嬢さまは何もしなくて良いんです」
先刻よりも更に冷たい声に、サヨンの弾んでいた心まで冷えてゆくようだった。
「私だって働くことくらいはできるわ」
サヨンは顎をグイと上げた。
「何で急にそんなことを言い出したんですか?」
トンジュの眼に不穏な光が閃いた。
サヨンは膝の上で握りしめた両手に思いつめたように眼を落とした。
夜の静寂だけがただ際立っていく。遠くでホロホロとミミズクが侘びしげに啼いていた。
「トンジュ、話があるの」
サヨンは居住まいを正した。
「何ですか?」
トンジュはサヨンの方を見もせずに、気のない口ぶりで相槌を打つ。
「ここのところのあなたを見ていて、私なりに考えたのよ。あなたは私のために毎日、身を粉にして働いている。でも、私はといえば、家で安穏に暮らしているだけ。それでは、いくら何でも、あなたに申し訳ないわ。私にもやればできることがあると思うの。だから、自分が得意なものの中で仕事になりそうなものを考えて―」
しかし、トンジュはサヨンに皆まで言わなかった。
「その必要はありません。あなたは今も食事の支度や洗濯といった女の仕事をしている。今更、他に仕事をする必要もないでしょう」
不運にも、サヨンはその台詞を誤解してしまった。
「大丈夫、他の仕事を始めたからといって、家事をおろそかにしたり手抜きはしないから、安心して。もっとも、今だって、食事は殆ど、あなたに作って貰ってるし、私がしていることといえば洗濯と掃除くらいのものだけどね。お料理もトンジュに教えて貰って、これからは、まともなものが作れるように頑張るわ」
「頑張る必要なんて、ないんですよ」
サヨンはトンジュの口から出た冷ややかな台詞に硬直した。
「え?」
思わず聞き直すと、トンジュがゆっくりと言った。
「お嬢さまは何もしなくて良いんです」
先刻よりも更に冷たい声に、サヨンの弾んでいた心まで冷えてゆくようだった。
「私だって働くことくらいはできるわ」
サヨンは顎をグイと上げた。
「何で急にそんなことを言い出したんですか?」
トンジュの眼に不穏な光が閃いた。
サヨンは膝の上で握りしめた両手に思いつめたように眼を落とした。
夜の静寂だけがただ際立っていく。遠くでホロホロとミミズクが侘びしげに啼いていた。