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氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第4章 涙月

 サヨンは一人、月を見上げていた。それでなくとも普段から朧に滲んで見える月がなおのこと涙でぼやけている。
 まるで通夜のように沈んだ雰囲気の中で夕飯が終わった後、サヨンは一人になるために外に出た。ひと間しかない小さな家では、どうしてもトンジュと顔を突き合わせることになってしまう。
 今頃、都はどうなっているのか。。父は自分を探しているのだろうか。李スンチョンの息子トクパルとの婚約を前日にして、サヨンが家僕と姿を消したのだ。商売敵であるスンチョンは、当然、父に対してその責任を烈しく糾弾しているに違いない。
 父を窮地に立たせてまで家を出たのに、自分は今、都から遠く離れた山奥でなすすべもなく無為に日を過ごしている。
 父に対して申し訳ないという想いで一杯だった。
「何を見ているのですか?」
 ふいに背後で声がして、サヨンはピクリと身を震わせた。
「俺に話せないようなことを考えているのですか?」
 皮肉たっぷりの口調に、サヨンは哀しくなる。こんな台詞に返す言葉は何もなかった。
 サヨンが何も言わないことが、かえってトンジュを苛立たせているらしい。
 トンジュの声も言葉もますます尖ったものになった。
「それとも、逃げる算段でもしているのかな」
 涙が零れそうになり、サヨンは慌てて眼裏で乾かした。
「特に何も考えてなんかいないわ。ただ月を見ていただけ」
「あなたが今、見ているあの月を都の人たちも見ている、この空は漢陽まで続いているのだと懐かしんでいたのでしょう。里心でも起きましたか」
 都にいる父を思い出していたのは事実だった。真実を半ば言い当てられ、サヨンは押し黙った。
 トンジュが口の端を引き上げる。これが機嫌の悪いときの彼の癖なのだ。
「当たらずとも遠からずというところですね」
 突如として真後ろに気配を感じたかと思うと、髪に触れられた。愕いて身体を動かそうとし、諫められる。
「動かないで」
 どうやら髪に何かを挿したようである。
「もう動いても良いですよ」

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