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氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第4章 涙月

 その声に、サヨンは手を伸ばして頭に触れてみた。結婚前の娘は長い髪を一つに編んで後ろに垂らするのが一般的だ。サヨンも今はその髪型をしている。
 手で触ってみると、堅い物に当たる。簪か何かだろうか。
「これは何?」
 トンジュを見上げて問えば、彼は少し眩しげなまなざしでサヨンを見つめていた。
「見てのとおりですよ」
 刹那、サヨンの中にすとんと落ちてきたものがあった。
「もしかして、今日、町で探していたものって、これだったの?」
「はい、お嬢さまは日頃から高価なものに慣れているので、あまりに安物を買えば、つまらない品だと身につける気にもならないでしょうし、かといって、今の俺には高い簪は買えません。これくらいのところが精一杯でした」
 トンジュは少し照れたような表情で言った。沈着な彼には珍しく頬をかすかに紅潮させている。
「本当は帰ってすぐ夕飯のときに渡したかったんですが、袋の奥に入っていたらしく、なかなか見つからないので焦りましたよ」
 それで、夕飯の席についても、ろくに食べようともせず袋の中を覗いてばかりいたのだろう。
「なかなかこれというものが見つからなくて、一日中、店という店を覗いて探し回って見つけました。どうですか?」
 サヨンは懐からいつも持ち歩いている手鏡を取り出した。トンジュが挿してくれた簪がよく見えるように持ち、映してみる。
「とても素敵だわ。これは玉ね? 高かったでしょうに」
 簪(ピニヨ)は銀製で、その先には黄玉(ブルートパーズ)の玉石が光っている。花蕾を象った銀の枠の中に煌めく蒼い滴が宿っていた。まるで今、紫紺の空に浮かぶ月の光を集めたかのように夜闇の中できらきらと煌めきを放つ。
「たいしたことはありません。気に入って頂けると良いのですが」
 鏡を見入っているサヨンを見て、彼もまた満足そうである。
「ありがとう。私には勿体ないくらい」
 サヨンはトンジュを見上げて微笑んだ。
 トンジュの面にも笑みがひろがる。
 こうして和やかに話していると、先刻、サヨンの仕事について反駁し合ったのが嘘のようだ。

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