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氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第4章 涙月

 トンジュが笑顔で言った。
「いつかあなたが一人前の女性となった時、この簪を身につけて欲しい。俺の妻となった翌朝、俺があなたの髪を上げるんです。結い上げた艶やかな黒髪にこれを挿すんだ。さぞ美しいだろうな、あなたは」
 サヨンの眼がトンジュを射るように見開かれた。
「それは、どういう意味?」
 判っていながら、問い返さずにはいられなかった。
「言葉のとおりです。新妻となったばかりのサヨンさまの髪を俺が結い、この簪を挿すんですよ」
 トンジュは当然の権利だとでも言いたげだ。
 サヨンはうつむき、唇を噛みしめた。
「ごめんなさい。この簪は受け取れないわ」
「どうして? 安っぽくて気に入りませんか?」
「そうではないの。とても綺麗だけれど、私にはこんなものを頂く資格はないから」
 トンジュが意外そうに眉をつり上げた。
「何故、そんな風に思うんですか?」
「私はまだ、あなたの奥さんになると言った憶えはないもの」
「では、今、ここで言えば良い。サヨンさま、改めて求婚します。俺の妻になって下さい」
 トンジュの表情は真剣そのものだ。サヨンは彼の顔から視線を逸らした。
「―無理だわ。トンジュ、私はまだ、結婚するという気持ちにはほど遠い心境なの。何もあなたがどうこうとはいうのではなくて、他の誰であっても、同じ応えを出していたと思うの。私は自分の父親を裏切る形で家を出た。そこまでしながら、まだ何も見つけてはいない。今の中途半端な自分が誰かと夫婦になって新しい生活を営んでゆけるとは思えないのよ」
「サヨンさまは、いつか言っていたではありませんか。ここに新しい村を作るのが新たな夢だと確かにあの時、はっきりと言った!」

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