氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第5章 彷徨(さまよ)う二つの心
翌朝、覚醒は突然にサヨンの眠りを破った。
サヨンは長い翳を落とす睫を震わせ、ゆっくりと眼を開けた。頭の芯に鈍い痛みがある。いや、頭だけでなく、身体全体が熱っぽく倦怠感があった。
額に手のひらを押し当て、昨夜、何が起こったのか思い出そうとしても、頭がうまく働かない。
ただ、夢を見たことだけは鮮明に憶えていた。奇妙なことに、確かに夢を見たのは判っているのに、肝心の具体的な内容を記憶していないのだ。それが何を暗示するのか判らずに見た夢である。
眠りながら、サヨンは泣いていた。何か哀しい夢を見たのだろうか。
一夜眠ったにしては、身体が重い。大抵、まだ若い肉体はどれほど疲れていたとしても、一晩ぐっすりと眠れば、翌朝には嘘のように疲れが取れているものだ。
眠りが十分ではなかったのかもしれない。サヨンは、まだ睡眠と休養を要求する身体を無理に意思の力で動かした。それでもゆっくりと上半身を起こしたつもりだが、わずかに動いただけで、腰に激痛が走った。
「―?」
何故、こんな痛みがするのだろう。別に転んで腰を打ったわけでもないだろうに。
訝りながら何気なしに視線を巡らせたその時、傍らに眠る男の姿が眼に入った。男を見た刹那、サヨンの顔が苦痛と恐怖に歪んだ。
―ああ、何ということ。
男の顔をひとめ見ただけで、彼女の記憶はすぐに甦った。
この男が昨夜、自分に陵辱の限りを尽くしたのだ。めざめた時、その記憶がまるで合わせ絵の一枚をなくしたように抜け落ちていたのは、自分自身が忘れてしまいたいと強く願っていたからに相違ない。
サヨンはじりじりと男から離れた。
トンジュは熟睡していた。しかも、憎らしいほど安らいで満ち足りた顔で。
サヨンはしばらくトンジュの無防備な寝顔を見ていたが、やがて、そろそろと立ち上がり、布団から出た。どうも昨夜はあの出来事があった後、トンジュが布団を敷いてサヨンを寝かせたらしい。あのときには布団などなかったのだから、トンジュが敷いたのだろう。
あの後、サヨンは深い眠りに落ちてしまい、後のことはよく憶えていない。着ていた衣服はトンジュにすべて脱がされてしまったはずだが、今はちゃんと夜着を纏っていた。これもトンジュが着せつけたのだろうか。
サヨンは長い翳を落とす睫を震わせ、ゆっくりと眼を開けた。頭の芯に鈍い痛みがある。いや、頭だけでなく、身体全体が熱っぽく倦怠感があった。
額に手のひらを押し当て、昨夜、何が起こったのか思い出そうとしても、頭がうまく働かない。
ただ、夢を見たことだけは鮮明に憶えていた。奇妙なことに、確かに夢を見たのは判っているのに、肝心の具体的な内容を記憶していないのだ。それが何を暗示するのか判らずに見た夢である。
眠りながら、サヨンは泣いていた。何か哀しい夢を見たのだろうか。
一夜眠ったにしては、身体が重い。大抵、まだ若い肉体はどれほど疲れていたとしても、一晩ぐっすりと眠れば、翌朝には嘘のように疲れが取れているものだ。
眠りが十分ではなかったのかもしれない。サヨンは、まだ睡眠と休養を要求する身体を無理に意思の力で動かした。それでもゆっくりと上半身を起こしたつもりだが、わずかに動いただけで、腰に激痛が走った。
「―?」
何故、こんな痛みがするのだろう。別に転んで腰を打ったわけでもないだろうに。
訝りながら何気なしに視線を巡らせたその時、傍らに眠る男の姿が眼に入った。男を見た刹那、サヨンの顔が苦痛と恐怖に歪んだ。
―ああ、何ということ。
男の顔をひとめ見ただけで、彼女の記憶はすぐに甦った。
この男が昨夜、自分に陵辱の限りを尽くしたのだ。めざめた時、その記憶がまるで合わせ絵の一枚をなくしたように抜け落ちていたのは、自分自身が忘れてしまいたいと強く願っていたからに相違ない。
サヨンはじりじりと男から離れた。
トンジュは熟睡していた。しかも、憎らしいほど安らいで満ち足りた顔で。
サヨンはしばらくトンジュの無防備な寝顔を見ていたが、やがて、そろそろと立ち上がり、布団から出た。どうも昨夜はあの出来事があった後、トンジュが布団を敷いてサヨンを寝かせたらしい。あのときには布団などなかったのだから、トンジュが敷いたのだろう。
あの後、サヨンは深い眠りに落ちてしまい、後のことはよく憶えていない。着ていた衣服はトンジュにすべて脱がされてしまったはずだが、今はちゃんと夜着を纏っていた。これもトンジュが着せつけたのだろうか。