白虹(龍虹記外伝)~その後の道継と嘉瑛~
第2章 再会
対して、嘉瑛の方は三十五年の生涯にわたって連戦連勝を重ねてきた武将である。やはり、自分はこの(嘉)男(瑛)を甘く見ていたのだろう。
せめて、最期くらいは従容と潔く死を受け容れよう。通継はその場に端座し眼を瞑った。
しかし、いつまで経っても、何も起こらない。永遠に続くかと思われた静寂が懐かしい声に破られた。
「そなたの戦いぶりを見ておったぞ。剣の方も大分腕を上げたが、まだまだだな。幾ら武芸の鍛錬にいそしみ腕を磨いても、そのようにすぐにカッとなり我を忘れるようでは一人前の武将とはいえぬ」
通継がゆっくりと眼を開けると、嘉瑛が不敵に口角を笑みの形に引き上げている。
「千寿はまだまだ子どもだな。そのように一々カッとなっておっては、戦場では生命が幾つあっても足りぬぞ」
声高に笑う男を、悔しげに見上げる。
通継は屈辱に唇を噛みしめた。
「ひと思いに殺せ」
わずかな沈黙の後、嘉瑛は眩しいものでも見るかのように軽くまたたきした。
しかし、そのまなざしは通継ではなく、はるか彼方―今にも沈みゆこうとしている巨大な夕陽に向けられているかのようでもある。
その時、通継はハッとした。嘉瑛のまなざしが八年前―、木檜の森で別れたときのものと全く同じだったからだ。淋しげな、愁いに満ちた表情には確かに見憶えがあり、その遠い日の記憶は束の間、通継を過去への感傷に引き戻そうとした。
深い孤独が男の陽に灼けた精悍な横顔を縁取っている。
かすかに眼を細め、嘉瑛はあたかも一人言のように呟いた。
「―本当に変わらぬ。そなたは、今も俺の知っている八年前の千寿そのままだ。―真っすぐで、そのひたむきさや一途さが俺の心を熱くする」
その声音に昔を懐かしむような響きを感じたのは、気のせいであったろうか。
だが、それはほんのひと刹那のこと。
嘉瑛はすぐに無表情という仮面の下に束の間、現れた感情をひた隠した。
通継がいくらその瞳の奥底を覗こうとしても、既に、以前見慣れていたはずの感情の読み取れぬ瞳が真っすぐに見下ろしているだけであった。
嘉瑛はなおもしばらく黙り込んで通継を見ていたが、やがて何も言わずに馬首をめぐらし、走り去った。
せめて、最期くらいは従容と潔く死を受け容れよう。通継はその場に端座し眼を瞑った。
しかし、いつまで経っても、何も起こらない。永遠に続くかと思われた静寂が懐かしい声に破られた。
「そなたの戦いぶりを見ておったぞ。剣の方も大分腕を上げたが、まだまだだな。幾ら武芸の鍛錬にいそしみ腕を磨いても、そのようにすぐにカッとなり我を忘れるようでは一人前の武将とはいえぬ」
通継がゆっくりと眼を開けると、嘉瑛が不敵に口角を笑みの形に引き上げている。
「千寿はまだまだ子どもだな。そのように一々カッとなっておっては、戦場では生命が幾つあっても足りぬぞ」
声高に笑う男を、悔しげに見上げる。
通継は屈辱に唇を噛みしめた。
「ひと思いに殺せ」
わずかな沈黙の後、嘉瑛は眩しいものでも見るかのように軽くまたたきした。
しかし、そのまなざしは通継ではなく、はるか彼方―今にも沈みゆこうとしている巨大な夕陽に向けられているかのようでもある。
その時、通継はハッとした。嘉瑛のまなざしが八年前―、木檜の森で別れたときのものと全く同じだったからだ。淋しげな、愁いに満ちた表情には確かに見憶えがあり、その遠い日の記憶は束の間、通継を過去への感傷に引き戻そうとした。
深い孤独が男の陽に灼けた精悍な横顔を縁取っている。
かすかに眼を細め、嘉瑛はあたかも一人言のように呟いた。
「―本当に変わらぬ。そなたは、今も俺の知っている八年前の千寿そのままだ。―真っすぐで、そのひたむきさや一途さが俺の心を熱くする」
その声音に昔を懐かしむような響きを感じたのは、気のせいであったろうか。
だが、それはほんのひと刹那のこと。
嘉瑛はすぐに無表情という仮面の下に束の間、現れた感情をひた隠した。
通継がいくらその瞳の奥底を覗こうとしても、既に、以前見慣れていたはずの感情の読み取れぬ瞳が真っすぐに見下ろしているだけであった。
嘉瑛はなおもしばらく黙り込んで通継を見ていたが、やがて何も言わずに馬首をめぐらし、走り去った。