白虹(龍虹記外伝)~その後の道継と嘉瑛~
第2章 再会
見た目も〝猪〟の名を裏切らず、太くて短い首に戦場で陽に灼けた赤銅色の貌は、まさに猪そっくりである。
その影清のどう見てもお世辞にも美しいとは形容できぬ面に、あからさまな嘲笑が浮かんだ。
「敵方の総大将が単騎で乗り込んでくるとは、生命知らずの若造よ。白き龍なぞとおだてられ、誉めそやされてのぼせ上がったか。愚かな奴め。お館さま、好機ですぞ、このような思慮分別の足りぬ若造一人、何もお館さまご愛用の刀を汚(けが)すほどのこともござりませぬ。それがしがこの場ですぐに討ち取ってご覧に入れましょう」
気付いたときにはもう遅かった。通継が事態ののっぴきならぬことを漸く悟り馬首を返そうとしたその時、退路を猪武者に塞がれた。
「良い、こやつは俺が自分で始末をつける。そちは無用の手出しをするな」
いきり立つ影清の真後ろで、別の声がした。
通継がハッと声の主を見やる。
「さりながら―」
まだ未練がましく通継を見る影清をギロリと冷たい眼で睨むと、猪が瞬時に黙り込む。それほどの迫力と圧倒的存在感を三十五歳になった嘉瑛は身に備えていた。
―まさに、木檜の森で別れてから、八年ぶりの再会であった。かつて研ぎ澄まされた刃そのもののように全身から蒼白い殺気を漂わせていた男は、今、少なくとも見かけだけは年相応の落ち着きと分別を纏っているように見える。が、目深に被っている兜のせいで、その表情までは定かではなかった。
その時、どこから飛んできたものか、流れ矢が通継の面前をかすめた。思いもかけぬ人物を前にして、我を忘れた隙を突かれ、通継がいとも呆気なく落馬した。
無様に尻餅をついた通継に向かって、嘉瑛が愛用の長刀を振りかざす。彼が戦いのときは常に肌身離さないという得物だ。陽光に切っ先がまばゆいほどにきらめく。
刹那、通継は刃が今しも振り下ろされるかと覚悟した。
すべては我が身の驕(おご)りが招いたことだ。影清の言うように、自分はどこかで良い気になっていたのかもしれない。考えてみれば、三年前に初陣を果たし見事、白鳥の国をこの手に取り戻して以来、実戦の経験は殆どないに等しいのだ。
その影清のどう見てもお世辞にも美しいとは形容できぬ面に、あからさまな嘲笑が浮かんだ。
「敵方の総大将が単騎で乗り込んでくるとは、生命知らずの若造よ。白き龍なぞとおだてられ、誉めそやされてのぼせ上がったか。愚かな奴め。お館さま、好機ですぞ、このような思慮分別の足りぬ若造一人、何もお館さまご愛用の刀を汚(けが)すほどのこともござりませぬ。それがしがこの場ですぐに討ち取ってご覧に入れましょう」
気付いたときにはもう遅かった。通継が事態ののっぴきならぬことを漸く悟り馬首を返そうとしたその時、退路を猪武者に塞がれた。
「良い、こやつは俺が自分で始末をつける。そちは無用の手出しをするな」
いきり立つ影清の真後ろで、別の声がした。
通継がハッと声の主を見やる。
「さりながら―」
まだ未練がましく通継を見る影清をギロリと冷たい眼で睨むと、猪が瞬時に黙り込む。それほどの迫力と圧倒的存在感を三十五歳になった嘉瑛は身に備えていた。
―まさに、木檜の森で別れてから、八年ぶりの再会であった。かつて研ぎ澄まされた刃そのもののように全身から蒼白い殺気を漂わせていた男は、今、少なくとも見かけだけは年相応の落ち着きと分別を纏っているように見える。が、目深に被っている兜のせいで、その表情までは定かではなかった。
その時、どこから飛んできたものか、流れ矢が通継の面前をかすめた。思いもかけぬ人物を前にして、我を忘れた隙を突かれ、通継がいとも呆気なく落馬した。
無様に尻餅をついた通継に向かって、嘉瑛が愛用の長刀を振りかざす。彼が戦いのときは常に肌身離さないという得物だ。陽光に切っ先がまばゆいほどにきらめく。
刹那、通継は刃が今しも振り下ろされるかと覚悟した。
すべては我が身の驕(おご)りが招いたことだ。影清の言うように、自分はどこかで良い気になっていたのかもしれない。考えてみれば、三年前に初陣を果たし見事、白鳥の国をこの手に取り戻して以来、実戦の経験は殆どないに等しいのだ。