白虹(龍虹記外伝)~その後の道継と嘉瑛~
第2章 再会
―何故、今回もまた、私を生かしておいたんだ?
通継は我を忘れ茫然とその場に立ち尽くす。
その背後から、蹄の音と共に狼狽の滲んだ重吾郎の声が近付いてきた。
「ご無事でござりましたか?」
重吾郎が鹿毛に乗って駆け寄ってくる。
何故なのだ? 嘉瑛―。
通継のわずかに乱れた前髪を揺らし、夕風が吹き抜けてゆく。
既に陽は完全に落ち、夜の闇が広い草原にひろがり始めていた。
何ゆえ、あの男が通継をまたしても殺さなかったのかは判らない。こたびこそ、長年の恩讐に決着をつける千載一遇の好機であったはずなのに、嘉瑛は結局、通継の息の根を止めなかった。
遠い瞳で、あの男は何を想い、何を見つめていたのだろう。
通継は、次第に濃くなる空の闇をその瞳に映したまま、嘉瑛の消えた方角を擬然と見つめていた。
この戦いは、突如として木檜軍が退却を始めたことにより、最後は長戸軍の勝利に終わった。圧倒的ともいえる有利な展開を見せていたにも拘わらず、何故、木檜軍は日没と共にいきなり退却をしたのか。それは永遠の歴史の謎となった。
戦国史上、稀に見る規模のこの合戦は、白鳥の戦いと呼ばれる。長戸通継率いる三千の兵のうち、死者はおよそ半数、負傷者も合わせると実に三分の二が犠牲になったとも云われる。
しかし、とにもかくにも、通継はこの戦で勝利を収めたのである。後、通継は苦い経験を教訓とし、戦場では常に己れの感情に呑まれぬよう厳しく自らを戒め、透徹な心を保つことを心がけた。
この時、長戸通継、二十三歳。後に稀代の戦国の名将となり得た男の若き日の姿であった―。
この数年後、木檜嘉瑛は
勝ち戦の最中、自らの家臣
に裏切られ落命するという非
業の最期を遂げることになる。
(了 ☆ これにて、千寿丸と嘉瑛の話は本当に終わりです。
長い間、お読み下さいました皆様、本当にありがとうございました。作者 ☆)
通継は我を忘れ茫然とその場に立ち尽くす。
その背後から、蹄の音と共に狼狽の滲んだ重吾郎の声が近付いてきた。
「ご無事でござりましたか?」
重吾郎が鹿毛に乗って駆け寄ってくる。
何故なのだ? 嘉瑛―。
通継のわずかに乱れた前髪を揺らし、夕風が吹き抜けてゆく。
既に陽は完全に落ち、夜の闇が広い草原にひろがり始めていた。
何ゆえ、あの男が通継をまたしても殺さなかったのかは判らない。こたびこそ、長年の恩讐に決着をつける千載一遇の好機であったはずなのに、嘉瑛は結局、通継の息の根を止めなかった。
遠い瞳で、あの男は何を想い、何を見つめていたのだろう。
通継は、次第に濃くなる空の闇をその瞳に映したまま、嘉瑛の消えた方角を擬然と見つめていた。
この戦いは、突如として木檜軍が退却を始めたことにより、最後は長戸軍の勝利に終わった。圧倒的ともいえる有利な展開を見せていたにも拘わらず、何故、木檜軍は日没と共にいきなり退却をしたのか。それは永遠の歴史の謎となった。
戦国史上、稀に見る規模のこの合戦は、白鳥の戦いと呼ばれる。長戸通継率いる三千の兵のうち、死者はおよそ半数、負傷者も合わせると実に三分の二が犠牲になったとも云われる。
しかし、とにもかくにも、通継はこの戦で勝利を収めたのである。後、通継は苦い経験を教訓とし、戦場では常に己れの感情に呑まれぬよう厳しく自らを戒め、透徹な心を保つことを心がけた。
この時、長戸通継、二十三歳。後に稀代の戦国の名将となり得た男の若き日の姿であった―。
この数年後、木檜嘉瑛は
勝ち戦の最中、自らの家臣
に裏切られ落命するという非
業の最期を遂げることになる。
(了 ☆ これにて、千寿丸と嘉瑛の話は本当に終わりです。
長い間、お読み下さいました皆様、本当にありがとうございました。作者 ☆)