恋人⇆セフレ
第8章 したい、させたい
その後の空気はなんとも言えなかった。
普段通りと言えばそうだけど、どこか甘い雰囲気が俺たちを包んでいて。
朝はくだらない言い合いをしていた道を、手を繋いでポツポツと会話を交わしながら歩いた。
夕焼けで赤く染まる伊織の横顔に少しの緊張が見えて、こっちまで伝染してしまう。
そして、俺の住むマンションが目に入った刹那、心臓が暴れ出して、堪らず伊織の手を強く握った。
ーーこれから、この骨張った手でグズグズにされ、広い背中にしがみついて喘ぎ乱されるのかと思うと、足が地についているのか分からなくなる。
ふわふわ、している。
緊張もあるけれど、この男に愛されるのかと思うと堪らなく幸せに感じるのだ。
「ねえ志乃さん」
「ん?」
と、玄関に足を踏み入れたところで、伊織が足をピタリと止めた。
一歩前にいる伊織の表情は見えないが、纏う空気が真剣なことに気づいて、続きの言葉を待つ。
そして、伊織が一度大きく息を吸って吐き出した。
「今言うことじゃないかもしれないけど、言っておかないといけないと思ってたことがあったんです」
「…なんだよ」
ただの勘だが、それはいい話ではない気がした。
繋いだ手に力が篭る。
ーーピンと張りつめた空気を破ったのは、僅かに震えた伊織の声だった。
「本当は、今日で志乃さんと会うのが最後だと思ってたんです」
「……」