恋人⇆セフレ
第9章 「初恋の」
「…まだあったのか」
「え?」
駅を出てすぐ。バス停へと歩く道で、一言も会話を交わしていなかった俺たちの沈黙を破ったのは真木だった。
横目で俺を見た真木が、見てみろ。と視線を促す。
促されるまま視線をそっちに向けると、ポツンと一台のキッチンカーが停まっていて、ハッとする。
記憶にあったものより、濁ってしまった水色の車。『クレープ』と書かれ、ピンと張りのあった旗は草臥れて、色褪せてしまっている。
けれど、この懐かしい香りは、いつか今隣にいる男と食べに行きたいと言っていた思い出を呼び起こすのに十分で。
思わずその車をジッと見つめる。
「買うか」
「っい、いい。いらない」
「じゃあ俺だけ買うか」
な、なんだよ、それ!
ウズウズしている俺を置いて、僅かに口角を上げた真木は、「イチゴとチョコアイスクレープにするか」と言って握っていた手を離し、一人でキッチンカーに向かう。
そのチョイスは明らかに俺の好物で、喧嘩を売っているようにしか思えない。
「〜〜〜ッ勝手に買って食えば!」
「そうする」
「!」
バイトらしい女が、いきなり来た長身の男に慌てて対応して、一つ分のクレープを作っているのが遠目で見えて驚愕する。
……まじかよ。甘いの得意じゃないくせに、まじで1人分しか買ってないぞ、あいつ!
「そんなに見せつけてぇのかよ…絶対ツッコまねぇからな…」
けど、ここにいても香ってくるいい匂いに、くぅ。とお腹が鳴りはじめて、口内で溢れる唾液をゴクリと飲み込んだ。
………くそ…、今更俺も買いたいなんて言えない。