恋人⇆セフレ
第9章 「初恋の」
「勤務中に私情の連絡か?」
「…勤務中にクレープですか」
「これは取材の内だ」
ああいえばこういう真木に、ムッとする。
こいつ…真木にとってクレープはなんの思い出もないくせに。
「…納得がいかないなら、共犯者になるほか無いな」
「は?」
理解が追いつくより先に、図々しくも隣に座った真木がクレープをずいっと口元に押し付けてきた。甘い香りが間近でふわりと掠る。
「美味いぞ」
「……」
目の前に差し出されたのは、一口齧っただけのクレープ。
俺の好きな味。
ーーまさか。
一つの可能性が見えて、どうすればいいのか途端に分からなくなる。「いる」とも、「いらない」ともいえなくて。
「?昔言ってた食べたかった味、これじゃなかったのか?」
ただ、たった一回交わした会話を、こいつが覚えてると思っていなくて、震える唇をガジ。と歯で噛んだ。
「もしかして、本当にいらなかったのか」
俺が何も言わなかったからか、ふ、と眉を僅かに下げた真木が困ったようにそう言った。
俺が意地を張ったことはバレバレだったらしい。
違う。お前は間違ってない。
「…いる」
ぼそ、と呟くと、真木は瞳をほんの少し細めて、俺にクレープを持たせた。
夏にしては涼しい風が吹いて、前髪がバラ、と視界を遮る。そんな俺の前髪が、優しい手つきで耳にかけられる。
「こぼさないようにな」
「…俺はガキか」
「あながち間違ってないと思うけどな」
「うるせー。こぼさねーし」
ーー体を繋げるわけでもなく、こんなゆったりとした会話を真木としたのは、一体いつぶりなんだろう。
クレープを齧りつつ、景色を黙って眺めながら俺はそんなことを思った。