恋人⇆セフレ
第10章 真と偽
「それから、あそこはお前が水道でヘマしてびしょびしょになったところだな」
「…そうでしたか?」
「次の日風邪をひいた志乃を見舞ったのは俺だぞ」
コツ。とまた真木が進み出し、俺もその背中に続く。
真っ白い廊下を進んだ後は、突き当たりの階段を登る。
「あぁ、そこの階段はよくお前が先に登って身長差を埋めようとしてたところだな」
「…ですね」
「階段といえば、昔志乃がプリントを階段から落として、1階ずつ回収するのを手伝わされた覚えがある」
「…ふ。うん」
「雪が積もった日は、そこの踊り場で眺めたな。結構はしゃいでたから、滑りかけたのを覚えてるか?」
「そのまま一緒に滑りかけたくせに、よく言う」
あの時珍しく驚いた顔を浮かべていた真木がおかしくて、手を叩いて笑った。そんな俺を、優しい顔で見ていた真木をふわりと思い出す。
図書館以外あまりないと思っていたのに、小さな思い出の欠片はいろんなところに落ちていて。真木はほんの小さな欠片を拾うように、懐かしむように話していく。
つーか、なんで俺の失敗談ばっか覚えてんだよ。
「でも、1番思い出深いのはやっぱりここだな」
「…ん」
ちょうど階段を登り切って左手側。そこにある扉をガラリと開けると、古い本の香りが運ばれてきた。
少し埃っぽい匂いもするけれど、落ち着くこの香りは次々と思い出を呼び起こす。
「ここは志乃の特等席だ」
床と椅子の擦れる音を立てさせて、真木が椅子を引く。
導かれるように座ると、その隣に真木が座った。