恋人⇆セフレ
第10章 真と偽
肩と肩が触れそうで触れない距離。
もう懐かしいと感じる真木の香りを間近で感じる。昨日、この香りに包まれる程抱きこまれたのは、夢だったのではないかと思う程今は穏やかだ。
「実は、ここから見えるあの木が、本の中に出てくる木のモデルになっているんだ」
窓の外に視線を向けた真木は、抑揚のない声でそう言った。
学校ができた時からあると言われている、ずっしりとした幹の桜の木。今は緑の葉がぎっしりと生茂っているそれは、強い太陽の光を遮ってくれている。
「どうして?」
俺は首を傾げ、思わず純粋に問いかけてしまった。
だって、その木に関する思い出は特にないとはっきり言える。本の中ではお互いが逢瀬を重ねる場としてメインになっているけれどーーー…。
と、そんな俺の疑問に答えるように、真木が口を開いた。
「放課後になってお前がここに来るまで、あの木をずっと見てた」
「…」
「春は桜が舞って、夏は緑が生い茂り、秋は色を変え、冬は散っていく。こうして木の表情が変わる度、それだけお前と居れている事実が嬉しかった」
真木の顔は見えない。ただ、静かに言葉が紡がれていく。
「でも、夢を叶えて都会に出て、お前も着いてきてくれたのに、体を重ねれば重ねるほど、執着すればするほど、ただ木を眺めながらお前を待って、会えるだけで喜んでいた自分が居なくなってしまった気がして、怖くなった」
この木は、俺にとって道標だったように思う。
真木はそう言って、机の下の俺の手をぎゅっと握った。