恋人⇆セフレ
第12章 春がきて。
「いいですよそれ、無視して」
「え、いいんですか?最近は忙しそうで来てないって伝えたら悲しそうにしてましたけど…」
「放っておいていい奴なんで。また俺から連絡しときます」
「ふ、橘さん意外と男らしくて面白いですよね。ギャップってやつですかね?」
「そういうハナミヤさんもそのギャップ持ってそうですけど」
「まさか」
柔らかく言葉を返しながら、慣れた手つきで珈琲を作っていく店主。
ふっくらと膨れ上がった琥珀色に見惚れていると、カランカランと客の訪れを知らせる音が店内に響いた。
これもいつものことだから、気にすることなく珈琲が出来上がる様子を眺めていると、「噂をすれば」と笑みの含んだ店主の声が耳に届いて、椅子からずり落ちそうになった。
ーーー嘘だろ。まさか。
「店主さん、この人と同じものを1つお願いします」
「ーーーーーー…」
振り返るより先に、そんな声がすぐ真上から落ちてきて、呼吸が止まった。
ーーーーーーーーえ?
目も口も開いたまま閉じれられなくなって、心臓がドクドクと主張し出す。
後ろにいる存在を背中で感じる度、口から飛び出るんじゃないかと錯覚するほど激しく脈打つ心臓に、死にそうになる。
「…無視していい方ではなかったようですね。では、カフェラテはご一緒にお出ししますね」
「ありがとうございます」
ふ。と笑った気配がして、その懐かしさにジワジワと熱いものが込み上がってくる。
だって、なんで、これは、夢なのか?
真木。
真木、だと思ってたのに。
「ーーーお隣、いいですか?」
穏やかなこの声も、落ち着くこの匂いも、俺が間違えるわけがない。
「っ」
ぶわりと込み上がってきた涙は、俺が頷くと同時にポタポタとカウンターに落ちていった。