恋人⇆セフレ
第12章 春がきて。
「もう自分を卑下しないでください」
「…っ!」
「俺は、素直じゃないところも、志乃さんの面倒くさいところも含めて、全部好きだったんです。だから、そんなに自分を責めないで」
あぁ。
優しい声色に誘導され、ボタボタと涙が落ちる。
お洒落な木のカウンターに、雨が降り出した時のアスファルトのように模様が浮かんだ。
だって、なんでお前は、そんなに優しいんだよ。
こんなに面倒な男なのに、お前はまだ受け入れようとしてくれているのか。
「…伊織、」
ぐし、と涙を乱暴に拭って、伊織の手を握り返そうとしたその時。
「でも残念です。折角久し振りに会えたのに、どうやら志乃さんは俺に恋人がいて欲しかったみたいですね」
俺の手が動くより先に、パッと離された手に目が点になる。
ーーーーーーーーは?
あまりにも衝撃的で、思わず顔を上げた俺は、今日初めて伊織の顔を真正面に捉えた。
「今日は会社の飲み会があるんですけど、自惚れていいくらいには俺にアピールしてくる男の人がいるんですよ。志乃さんがお望みなら、その人のこと真剣に考えようかと思います」
そこには、真っ黒い伊織がいた。
いや、就職したから髪が黒くなったっていうのもあるが、こんな目の笑っていない伊織は初めて見た。
まさに、ダーク伊織。
奥にいたはずのハナミヤさんも、やれやれと苦い笑みを浮かべている。
え、何これ。