恋人⇆セフレ
第12章 春がきて。
未だ目を点にしている俺を置き去りに、伊織が立ち上がる。いくらか大人びた顔立ちになった伊織の横顔には、もう笑顔は浮かんでいない。
え、これは伊織か?本当に?
ピシッと、無邪気な笑顔を浮かべていた伊織の映像にヒビが入った気がした。
「志乃さん。俺は学んだんです。志乃さんみたいな人は、ただ与えるだけじゃダメだって。現にこうして俺がここに来なかったら、俺と会うことはなかったでしょう?」
「そ、れは…」
何も言い返せなかった。
だって、本当にその通りだったからだ。自分の保身の為に、これからは1人で生きていくつもりだった。
もし伊織に会ってしまったら、そんな決心は鈍ってしまうに決まっていたから。
押し黙った俺に、伊織は一瞬だけ悲しそうな顔をした気がしたが、すぐさまスッと冷えた表情に戻った。
そして、俺の耳元に顔を近づけ、
「もっと、本当の意味でわがままになったください。欲しいものは欲しいと言えるようにならなきゃ、ダメですよ」
そんな謎の言葉を口にした。
「は、どういう意味…、」
ふわりと懐かしい香りが離れ、もう俺を視界に映さない伊織が内ポケットから財布を出す。
「店主さん、お店で騒いでしまってすみません。これ、そこの人の分と、謝罪の分です。お釣りは大丈夫なので」
「おや、楽しかったですし構わなかったのですが」
ーーーーー…そ、そこの人、だと???