恋人⇆セフレ
第12章 春がきて。
あまりにも雑な扱いに、口をアグアグするしかない。
未だかつてこのような扱いを受けたことはない。ましてや伊織から。
そこで確信する。感じたことのない恐怖が全身を駆け巡る。
間違いない。
ーーーーーーー怒っている。あの、伊織が。
「じゃあさようなら、志乃さん」
「ま、待てっ」
"さようなら"というワードに心臓が押しつぶされそうになり、ガタ、と大きく音を立てて慌てて立ち上がる。
伊織は出口に向けていた焦げ茶色の瞳を、静かに俺へと移した。
昔は子犬のようだと思っていた綺麗な二重の瞳は、今や夜に浮かぶ獣の瞳のようだと思う。
「……ッ」
「……じゃあね」
けど、何も言えない俺に落胆の色を浮かべた伊織は、そのまま出口へと向かい、扉の向こうに呆気なく消えてしまった。
「いおり…」
扉が閉まってすぐ、力なく椅子に座り込む。全身の力も、活力も失われた気分だ。
いつもは心を落ち着かせてくれるジャズクラシックのBGMも、今は心の穴をやけに強調させられてしまっている気がした。
ーーーー黒髪になった伊織は、ますます人を惹きつける姿になっていた。無邪気で幼さが滲み出ていた印象が、大人で落ち着きのある印象に変わっていて。
身長の高さも相まって、まさにオーラが出来上がっていた。
…アピールされるって話は、きっと本当なんだろう。1人の男どころか、女にも言い寄られているに違いない。