恋人⇆セフレ
第12章 春がきて。
「追いかけないのですか?」
大事な人なんでしょう?
ハナミヤさんはニコニコ笑っているが、そう言いたいのが伝わってくる。
この人は飄々としているようで、鋭い。きっと全部お見通しだから、嘘をついても仕方がないと思い、俺はため息を吐いて口を開いた。
ピタリ。嫌なタイミングでBGMも曲の切り替わりで切れてしまう。
「もう、誰にも捨てられたくないんです」
「……」
静かになった空間で呟いた声は、自分でも情けないと思うほど震えていた。
ぎゅっと、殆んど空になったカップを握りしめる。
伊織がいた時には温かかったカップは、もうひんやりとした冷たさしか残っていない。
「俺はずるいし、ヘタレで捻くれてる。それは自覚しているんです。だから、前の恋人と別れた時は、納得しなかったけど納得した。
でも、次も伊織に、彼に捨てられるなんてことがあったら、俺はきっと立ち直れなくて、恋が嫌いになる」
伊織がくれたキーホルダーも、笑顔も、体温も、思い出も、全部嫌なものになってしまう。
全部全部、後悔することになる。
「そんなのは、嫌なんです…」
「……ーーー…ふは」
ーーーーーは?
どんどん視線が落ちていく俺の耳に届いたのは、あまりにも場違いな笑いだった。
思わず顔を上げて、慌てて口元を押さえるも目元がいまだに笑っているハナミヤさんを茫然と見つめる。
ーーーなんで俺は今笑われてるんだ???
「…ハナミヤさん?」
「すみません。だって橘さん、あなた存外に可愛らしい方ですね」