恋人⇆セフレ
第13章 モヒート
「わざわざごめん。すぐに行くよ」
するり。
腰に回っていた手を離し、伊織の足がチワワのような男の方へ向く。
「ーーーー、」
あ。と声が漏れ、心臓が鷲掴みされたような痛みが走る。全身が痺れるような痛みで、足も手も動かない。
「っ」
この痛みには、覚えがある。
真木から突然別れを切り出された時と、女といたところを見た時と同じ痛みだ。
苦しくて息の仕方を忘れる。
「行こう」
ニコッと嬉しそうに笑う男は、ごく当たり前のように伊織の袖を掴んだ。
それを伊織は振り払わない。
あぁ、もしかしたらそれが答えなのだろうか。
あの日、伊織は真剣にこの男のことを考えると言っていた。
そして今、伊織は俺の目の前で男と仲良さそうに話をしていて、何処かに行こうとしている。
つまりは、そういうことだ。
雪が勢いを増し、はらはらと目の前を落ちていく。
視界がだんだん霞んできているのは、雪のせいなのだと思いたい。
ギリ、と血が滲むほど唇を噛み、拳を強く握る。
これは罰なのだと。
ーーーまた俺は、遅かったんだと。
いつだって大事なことは失ってから気づく。