恋人⇆セフレ
第4章 上書き
「なんでもない」そう言おうとした俺に向かって、「あっ!!」と大きな声を出した男。
びっくりして、拾っていた枝豆をまた落としてしまった。
「おい」
「すみません!いや、実はそろそろ観たい映画が公開されるの思い出して…。良かったら観に行きませんか?」
なんかさっき心の中で聞いた言葉だなと思って、一瞬固まってしまう。
だが、男のアーモンド型の瞳は爛々と輝いていて、答えを待つ子犬のようだと思う。いや、見た目は近所の人が飼ってたキリッとしたシェパード犬のような男だが、中身は散歩をねだり飛び跳ねるポメラニアンだ。
くるくると足元で白い綿飴が回っている様が思い浮かんで、がくりとうな垂れた。
ーーーどうしたものか、志乃は犬には弱かった。
「…来週の日曜ならいいけど」
「ほんとですか!?嬉しいです」
一層いい笑顔を見せる男に溜息が出そうになる。
今までこんなにグイグイくるようなメンタルの強い奴は居なかったから、対応に困る。
でも、確かに美味しい焼き鳥と、はじめての水族館に行った志乃は、悪い気はしていなかった。