テキストサイズ

恋人⇆セフレ

第4章 上書き




「今日はありがとうございました。少し遅くなってしまいましたね」


「いや、明日も休みだから気にしなくていい」



どんどんお客が入ってくるのに気づいて、2時間は居た為、会計を済まして居酒屋を出るともう21時を回る頃だった。


昼は暑かったが、夜となると風も冷たくなり、肌を掠める空気が冷たくて気持ちがいい。


2時間も会話を止めず話していたなんて信じられなかったが、何が好きで何が嫌いとか、そんなくだらない話ばかりだった気がする。


「じゃ」


「あっ待って志乃さん」


なんだかそれが気恥ずかしくてそそくさと帰ろうとした俺の背中に、慌てたような男の声がぶつけられる。


振り返ると、男がポケットから小さな袋を取り出して、目の前に差し出してきた。白い袋の真ん中には、淡い水色のロゴマークが印刷されてある。


「…?」


「初めての水族館記念です。シロクマが気に入ってたようなので、シロクマキーホルダー買っちゃいました」


「…これ、俺に?」


誕生日でもイベントごとでもない、なんでもない日にそんなことをされたことがない俺は、思わず間抜けな声を出してしまう。


パッと男を見上げると、「はい」と頷く男。


良い歳した男がキーホルダーなんて、と思うが、素直に嬉しいと思った。それもそうだ。志乃は、犬だけでなく、動物にめっぽう弱かったのだ。


「…どうも。これはすぐに付けるよ。
ていうか悪いな。俺、そういう気が遣えなくて何もないんだけど…」


「え?全然そんなこと考えてなかったですし、大丈夫ですよ」


「だけどなぁ、俺、一応年上だし…」


さっきだって、奢ると何度も言ったのに自分の分はきっちり払ってたし…。なんか、年上としてどうなんだっていう複雑な気分だ。


ストーリーメニュー

TOPTOPへ