恋人⇆セフレ
第4章 上書き
と、考え込んでいると、「じゃあ」と男が閃いたように悪戯に笑った。まるでいい案だというように手のひらに拳を載せている。
「キスさせてください」
「却下」
即座に断ってやった。おい、往来で何を言ってるんだこの男。だから3杯でやめとけと言ったのに、酔ってるんだろ。
いや、酔ってなくても往来でなくてもさせねえけど…!!!
「ふはっ分かってたけど一刀両断ですね。変な冗談言ってすみません。
本当にお願いしたいのは、俺の名前を呼んで欲しいってことなんですけど」
「え、呼んでなかったか?」
アーモンド型の瞳を細めて笑ったそいつは、少しだけ悲しそうで、キリッとしたシェパードの尻尾が垂れているのが見えてしまった。
どうやら、一度も呼んでなかったらしい。全くの無自覚だった。
少し反省した俺は、半分だけ向けていた体を真っ直ぐにして、すぐ目の前の背の高い男と向き合った。
「悪い。えっと、
伊織」
初めて口にした名前は、口馴染みがあった。呼んだことはなかったが、綺麗な名前だと思っていたからだろうか。
俺が名前を呼ぶと、唇を真一文字に結んだ男ーーもとい伊織は、ひゅっと息を飲んだような気がした。
「想像以上の破壊力…」
「は?」
口元に手を当て、ぼそりと呟いた伊織は、落ち着かせるように深呼吸をして、ふっと笑った。
そして、大きな手が伸びてきて、アッと思った時には、温かい腕の中にいた。