恋人⇆セフレ
第5章 俺の犬
じゃあ安全に、いつも通り恋愛もの以外を書けばいいと言いたいところだが、ファンとしては新しい澤木真を見てみたい気持ちもある。
それに、恋愛ものはほかのジャンルと違って作者の心理が反映しやすい。
謎に包まれた澤木真がこうしてチラ見えすることで、ファンはより澤木真を知りたいと思うし、近付きたいと思う心理ができる。
ーーーそれは俺も例外ではなく。
恋愛に対して、こいつが何を思って、感じていたのか。興味がある。
「先生はこういった恋愛経験はーー」
と言おうとして、口を噤んだ。
それに気づいた真木が苦笑する。俺はンンッとわざとらしく咳払いをして、何も言ってないふりをする。
ーーだって、俺らはこんな焦れったい距離でいたことなんて一度もなかった。
二人ともはっきり口にしていたっていうのもあるが、別れていたとしてもお互い気持ちがあったのは知っていたし、寂しいなんて思う前に隣にいた。
なんなら、家族よりそばにいたと思う。
そんな恋愛経験、澤木真にはなんの糧にもならないのだ。
「ーー恋愛ものは、経験があってこそ深みができるものだと思います。今の彼女にも色々聞いてみて経験してみては?勿論、映画などで勉強するのも大事ですよ」
チクンと痛んだ胸に気づかないふりをして、それらしいアドバイスを言う。…なんて、誰でも言えるような内容だ。
「…そうだな」
「私も参考になりそうなものがあればメールで送ります。話の基盤はこれでいいと思いますので、あとはどれだけ先生が心情的に入り込めるかが勝負です」
「ありがとう」
「ーーそうですね。もし舞台が決まり次第、彼女とそこに泊まりで出掛けてみればどうです?レポはまたまとめてもらいますが」
2人が過ごしたレポなんて、何が楽しくて見るんだよ。と思いつつ、俺の口は止まらない。
熱々だったはずのコーヒーは丁度いい温度になっていて、わずかに震える手で口に運んで飲み込むと、苦手な苦味が広がって顔を顰めてしまう。