恋人⇆セフレ
第5章 俺の犬
「あれ?志乃さん待って」
「ん?」
何故か笑みを乗せた声が聞こえて隣を向けば、思いのほか近い距離に驚く。
目を瞠る俺を置いて、骨ばった大きな手が頰に伸びてきて。
ふわりと優しい香りがした後、壊れ物に触れるかのような手つきで指先を頬に滑らした。
「な、に」
動揺して言葉がつっかえた俺を気にせず、伊織は綺麗な二重の瞳を細める。
「口元に珈琲の雫が付いてました」
「、」
雫を拭った指先が、俺の唇を優しくなぞっていく。ほんのり香ったミルクの強い珈琲味に、ドッドッと心臓が強く脈打って。
そのまま血液が激しく流れ出して、腰がずくりとした熱を帯びていく。
「っ」
「?志乃さーーー…」
伊織が様子のおかしい俺の肩に触れようとしたところで"ソレ"に気づき、はっと息を飲んだのが分かった。
バレたことに、カッと一気に熱が上がる。
っなんで、これだけで勃ってんだよ…!!思春期の男子高校生でもねえのに…っ!!
「志乃さ「離れろ」
体を寄せてきた伊織に慌ててグッと肩を押すけど、その手に幾分の力も入ってないせいでビクともしない。
「悪い、気にすんな」
「でも」
「いいから」
いつもは柔らかく笑みを浮かべている伊織の口元は、何かを耐えるようにキュッと固く結ばれている。
だけど、すぐに震える吐息を吐いて「志乃さん」とまた俺の名前を呼んだ。
その声は、あまりにも頼りない。
「好きな人の家で、好きな人が欲情してて、触れてもあまり抵抗がないってなったら、付け込まない男なんていないんですよ」