テキストサイズ

青色と黄色の短編集

第14章 そばにいる



「社長、おはようございます。」


「うん、おはよう。」


「随分とお疲れのようですね?」


体調を伺って手際よく珈琲を淹れる。



本当は知っている、

昨日は女性と会って遅くまで飲んでいたのを。


ホテルの近くまで資料を持っていったのだ。


ビジネスホテルにも確かに近いけど

社長から女性の香水の匂いがしたので
セフレかなとすぐに分かる。



「社長、気になる女性はいらっしゃいますか?」


今度の見合い相手を決めるべく
数枚の写真とにらめっこしている社長に
それとなく声をかける。



正直興味はない。


私という選択肢はないのに
何故こんなことを聞いているのだろう…。



「この子なんてどうだろうか」



私はハッとした。



平静を装って写真を覗いてみると、
私より少し若いくらいの女性だった。


スタイルがよく、おおらかそうである。



秘書として見合い相手を下調べするのだが、

彼女は元々名家の生まれであり
別にお金を必要とはしていなかった。

お嬢様というところか。


となると社長の心は決まってくる。




「明日にでも都合つきそうかね?」


「連絡してみます」


「頼んだよ」




恐る恐る相手方に電話すると、

彼女の母親が声を弾ませて承諾した。




社長に伝えると社長は心底喜んでいたが、


私の心は曇っていた。




ついに、社長が独身ではなくなってしまう。


明確に、誰かのものになってしまう。



こんなことを目の当たりにするくらいなら

いっそ自分の心を捨てたいと思った。




「ちょっと…資料取ってきますね」


静かに社長室を出た私は
誰もいない鍵付きの倉庫に向かって走った。


普通の社員は通れない階段を駆け下りて
必死に長い廊下を走った。


この気持ちなんて忘れて、
明日からまたただの秘書として頑張ろう。


そのことだけを考えて走ったが、
倉庫に着いた頃には涙が溢れていた。




社長への想いを殺すことなどできない。

この数年、ずっと貴方だけを見てきたのだから。



離れていかないで。

私を置いていかないで。




勝手な独占欲と社長を好きになった背徳感が
私の心臓を苦しめている。






30分程経った頃、
心配した社長が部屋を訪ねてきてくれた。


ストーリーメニュー

TOPTOPへ