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まだ見ぬ世界へ

第15章 エンドウの花

【智side】


「カズ……おいで?」

下を向いて立ち止まったままのカズ。

『う、うん……うわっ』

スッと来てくれないのがじれったくて、腕を引っ張り自分の胸に引き寄せた。

「緊張してる?」

カズから心臓の早い鼓動が伝わってくる。

『智も……でしょ?』

どうやら俺の早い心臓の鼓動も伝わってるみたい。


誰かを抱いた事が無い訳じゃない。


まぁ男は……初めてだけど。


でも、ここまで緊張したのは初めて。


「いい?」

俺の言葉にコクリと傾くカズ。

そして俺を見上げるカズの頬を包むと、ゆっくりと顔を近づけ唇を重ねる。


……えっ?


微かにカズの唇が震えてるのを俺の唇が感じ取る。

「カズ?」

唇を離して瞼を開けると、目の前のカズの瞳から涙が零れ落ちた。

『キスって……温かいんだね』

その短い言葉は、カズが抱えていた寂しさを表すには充分だった。


俺は……俺たちは、自分の事ばかりでカズの事を何も知らない。


今度は俺たちの番。


「何があったか教えて?」

『俺は……』



カズの口から発せられた過去に、リアクションすら出来ずにいた。


俺たちは産まれてすぐに母親を亡くした。

そして母親の温もりを知らずに生きて来た。



正確には……家族の温もりを知らない。



『掟』を聞いてから、俺はある可能性を考えるようになった。


親父はもしかしてたら、自身の命を守るために女の人を抱いたのかもしれない。

そして自身の命を守るためなら、誰でも良かったのかもしれない。


かもしれない。

あくまでも可能性。


でもそう一度考えてしまったら、掟を守った親父を受け入れる事が出来なくなった。


だって結果として親父が母親を死に追いやった。

そして俺の命と引き換えに、母親は死んだ。


そんな俺自身の事をまるで悲劇の主人公にでもなったみたいに勝手に哀れんでいた。


でも、カズは違う。


カズは母親から見放された。

身体を差し出してまで守ろうとした母親に、自分を拒絶されたんだ。


「カズ………カズっ」

涙を流しなが震えるカズの身体を、強く強く抱きしめた。


消え去ることのない『永遠の悲しみ』を抱えているカズを救いたいって思った。

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