テキストサイズ

まだ見ぬ世界へ

第3章 幸福論【序章】

「正直な気持ちを言えばね、見ず知らずの人より、この子と一緒になってくれればって思うの。だって……ここに載っていない事も和也はたくさん知っているでしょ?」


母の言う通り、俺は誰よりも兄を知っている。

だって、ずっと一緒にいたから……


兄はα性の中では珍しく目立つことのない大人しいタイプ。

そして父さんと一緒で決して人を見下したりしない。

幼い頃、Ω性だって事でイジメられてたり、からかわれてた俺をずっと守って、そばにいてくれた。

泣いていた俺をずっと……抱きしめてくれていた。


でもある出来事をきっかけに兄は家を出ていった。


「こんな事を頼むなんて親失格だけど、和也ならきっとあの子を救えるって思うの」

「それは無理だよ、だって……」


兄が出ていった原因は俺だ。

その俺が兄を救えるはずがない。



兄は俺を避けて……出ていった。



そして俺も兄を……避けた。



「和也も自分を責めるのはもう止めて?あれは和也のせいじゃない。もちろんあの子のせいでもない。それを一番わかってるのは……和也でしょ?」

兄さんのせいじゃない。


わかってる。

わかってるけど……


「向き合うしかないんだよ。和也も……あの子も。だからさっき和也には相手を選ぶ権利があるって言ったけど、必ず会うんだ」

有無を言わせぬ父さんの言葉と、逃がさないと俺を見つめる強い目力。


そんな父の姿を俺は数回しか見た事が無い。



これは父さんの本気だ。



「……わかった」

俺の返事はこれしかなかった。

「ただ、この子を選べとはいわない。俺たちが望むのは昔のような兄弟に戻ってほしいと思うだけだ」

俺を見て笑う姿はいつもの優しい父だった。

「和也が幸せになれる、そう思える人だったら誰だって俺たちは反対しない……な?」

母は父の言葉に力強く頷いた。

「だから和也には……もう1人、会って欲しい人がいる」

胸ポケットから今度は1枚の名刺を差し出した。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ