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まだ見ぬ世界へ

第4章 幸福論【登場人物】

俺の所属はトレーディング部門。

株式や債券などの売買の取引仲介。

売り時や買い時などの情報をお客様に提供し、自らも売買の執行を行う。


色々な職種を調べている中で見つけたこの仕事。


専門知識、情報収集、そして刻々と変わっていくマーケットの動向を把握。

そして何より、売買では素早い判断や決断。

様々な能力が求められる仕事。


これは持って生まれたモノだけで成せることではない。



『α性だから』なんて言わせない。



その為にも必死に専門知識を頭に叩き込んだ。

先輩の後ろについて必死に技術を盗んだ。

給料の大半を使って実際に取引し、実践を積んだ。


そんなある日、いつもの様に先輩の外回りに同行していると、『今度、お前が取引してみるか?』と嬉しい提案があった。

俺は『はい』と返事すると共に、心の中でガッツポーズをした。


ようやく……ようやく訪れたこの日。


この日のためにずっと頑張ってきた。

もちろん経験がものをいう世界。

成功するか失敗するか、それは自分次第。


緊張、そして恐怖。

そんな中でも一番の感情は『嬉しい』という気持ちだった。


ようやく『櫻井翔』として見てもらえるんだって……


でも、その希望は乱暴に掻き消された。


『この新人、優秀なα性でして……採用試験の筆記、適正とも1位の逸材です』

先輩が自慢げに俺を紹介する。


『ほほぉ、それなら信頼できるな』

取引先の納得したような返事と笑み。


『櫻井です、よろしくお願いいたします』

名刺を渡したけど、見もせずテーブルに置かれた。



ここに俺の名前を知っている人はいるのだろうか?


俺の情報はただ『優秀なα性』というだけ。


それはここだけじゃない。


一緒に働く部署の先輩だって、上司だって……

そして何より俺を採用したこの会社が俺を『優秀なα性』としてしか見ていない。


誰一人俺を『櫻井翔』として見てくれていないんだ。

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