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まだ見ぬ世界へ

第4章 幸福論【登場人物】

「やっぱりコイツは俺の元にくる運命だったんだ」

それはまるでその人を知ってたかのような言い草。


会ったことが……あるのか?


父はまたウィングチェアに座り、残っていたワインを飲み干した。

「コイツはな、施設で生まれたんだ。産んだのも優秀なΩ性だったから将来有望だった」

その言葉に俺は必死に沸き上がる怒りを抑えた。


何が……何が、将来有望だ。

ふざけるな。


父にとって、いや国にとってはそうかもしれない。


でもそこに本人の意思はあるのか?

勝手に人の未来を父や国が決めていいのか?



そんな疑問さえ、浮かばない世の中なのか?



「それなのにあの女はコイツを連れて逃げたんだ。まさか働いていたヤツとデキてたなんて……」

その事実を聞いて凄いと思った。


施設で働いていた人が手助けすれば逃げる事は可能だけど、そもそも『逃げる』という決意をする事自体が難しい。


施設に連れて来られたら、帰る家はもうない。

そしてお金もない。


何もない上に、国の意思に逆らったと捉えかねない逃亡。

命懸けじゃなきゃ……出来ない。


「探すのに苦労したよ。名前まで変えやがって……」

当時を思い出してイライラしたのか並々にワインを注ぐと、一気にそれを流し込んだ。


それでも逃げると決めた。

だからこそ見つからない様に綿密に計画を練ったに違いない。


あの施設で育ったのであれば、『Ω性』で生まれた自分の子どもが辿る未来は容易く想像できる。

優秀なα性を産むとされる『Ω性の男』なら尚更……

だからどんな手段を使ってでも、子どもを守ろうとした。


その行動は母親なら当然なのかもしれない。


そんな行動にイライラする人に、その気持ちは一生わからない。


「なんとか見つけだしたんが連れ戻す手立てが無くてな」

乱暴にワインで濡れた唇を掌で拭った。

「だから……火を点けてやったよ」

目を見開き、自慢げに言い放った姿は父、いやもう人ですらなかった。

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