俊光と菜子のホントの関係
第12章 それから――
「――……おーい。池崎君?」
「っ、だぁっ!」
突然後ろから呼び掛けられた上に肩をトントンと叩かれたから、心臓が胸を突き出す勢いで跳ね上がった。
俺の意識をトントンで取り戻してくれた男の人は、さっき図書館で挨拶を交わした佐原先輩だった。性格のとおり穏やかに微笑んでいて、黒い小ぶりの折り畳み傘をさしている。そっか、バイトが終わったんだ。
「先輩、お疲れ様です……」
バクバクと激しく打ち続ける胸を押さえながら、頭を下げた。
「はははっ、驚かせてごめんね。だけどとっくに帰ったハズの池崎君が、まさかこんなところでボーッと突っ立っているとは思わなくて、僕も驚いたよ」
「はぁ。つい雪に見入ってしまいまして……」
「気持ちはわかるよ。この日に降るって、かなりレアだしね……あれ? 池崎君、頭に雪を積もらせてるけど。どれだけ長く見入ってたの?」
「えっ? あっ……」
俺が手を伸ばすよりも先に、近づいてきた佐原先輩が、頭に積もった雪を優しく撫でるようにして払ってくれた。
「よし、取れた。けど、まだ降ってるから、また積もってきちゃうかもね」
と、メガネの奥の目を細めてクスクスと笑った。
「あ……ありがとうございます。お手数かけます」
「雪に見入ってても、風邪だけは引かないようにしなよ?」
「はい……」
恐縮しまくる俺に、先輩は「じゃあね、また明日」と、柔らかく言って歩いていった。
あー恥ずかしかった。図書館以外の場所でも、先輩の手を焼かすって。
これじゃあ俺も菜子のこと、『お子ちゃま』とか言えねぇし。
……その菜子も、きっと明里ちゃん達と一緒に、この雪に気づいているだろうな。
それで、『かき氷にしたら美味しそー』とか言って、今頃みんなを笑わしてそう。アイツ、雪を見たら必ずそれ言うから。
……けど、
この雪を一緒に眺めながら、『スゴいねー』とか『美味しそう』とか言いながら、天使みたいに無邪気にハシャグ菜子を見てみたかったな。
数年に一度のホワイトクリスマスイヴは、菜子の隣で笑っていたかったな……。
「…………いい加減、帰るか」
先輩がせっかく頭の雪を払ってくれたのに、こんなところで思い耽っていたら、また積もらせてしまう。
俺は駅に向かって、足早に歩きだした。