俊光と菜子のホントの関係
第24章 エピローグ『感謝』
『感謝』と掘られた墓石に頭を下げてから、二人で並んで歩きだす。と、二・三歩のところで、美都子が突然「あっ、そうそう」と話を切り出してきた。
「勝治さん。『アイツ』……いつの間にか自分の店を開いたらしいわよ」
「えっ……アイツ?」
美都子のいう『アイツ』が、誰のことを指しているのかが、憎たらしく思っているようなその口振りで、パッと顔が頭に浮かんだ。思わぬ人物を出されたから驚いて、思わず歩みを止めそうになってしまった。
「ひょっとして……八木(やぎ)君か?」
「そうよ。呼人(よひと)よ」
「久しぶりだな、その名前」
八木呼人。その名前が出てきただけで、様々な思い出がありありと蘇る。
思い出が蘇るのは、美都子の方が『特に』……だろうけどな。
「一緒に働いているコが『ここ美味しかったんですよー』って教えてくれたのが、偶然、呼人の店だったの。
でもね、どうやらアイツ、雑誌とかテレビとかの取材はお断りしてるみたい。ネットのグルメサイトにすら全く載ってなくて。唯一の情報が、簡易な店のホームページと、お客さんが投稿したSNSだけなのよ」
「へぇー、何か八木君らしいな。にしても、八木君が自分の店をねぇ……」
俺が店長をしていた店舗で、長年キッチンを担当していた八木君。料理の腕前がピカイチで、のちにその腕を買われ、一番売上の高い店舗に異動。そこでキッチンリーダーに昇進して、更にそこで出会った女性の従業員と結婚もしたんだよな。
だが二年前……周りから惜しまれつつ勇退。
それからはパタリと音信不通になってしまったが……そうか。
密かに描いていた夢、叶えたんだな。
「……ちょっと。アイツのことで感慨深く浸らないでよ」
うわ。美都子が睨みを利かせてくるぞ。
数日前、俊光と菜子を酷く怯えさせた『鬼』になりそうで、ちょっと怖い。