俊光と菜子のホントの関係
第28章 特別編『菜子の誕生日お祝いデート(後編)』
「そうであっても、旅館は気に入っただろ?」
「気に入るに決まってんじゃん、こんな素敵なとこ。お部屋だって、『菜の花の間』だし。我を忘れて駆け回っちゃったもん」
だよな。菜子のハシャギっぷりは、お出迎えから部屋の案内までしてくれた上品な若女将さんを、あからさまに笑わせる程だったからな。
『旅館 浦乃花(うらのか)』の客室は、全和室。
『椿の間』『紫陽花の間』『蘭の間』……など、それぞれの部屋に、花の名前がついている。
そのうちの一室で、ここ、『菜の花の間』があるのをネットで発見。
『予約は常に埋まりがちで、希望の部屋は取りにくい』とレビューで書かれていたのに、数日前、奇跡的に空いていたから、部屋を選べるプランにして即決した。
いざ部屋の中に入ってみると、『菜の花の間』は名前だけじゃなかった。壁や襖や、急須・湯呑みなどの備品にも、菜の花の絵柄が、細(ささ)やか且つ可憐にあしらわれている。
窓から望む景色も、菜の花の鮮やかな黄色があちこちに染まっていて、美しい。
「朝、ローカル線の電車の中で、私が『菜の花はたくさん見ても飽きない』って言った時に、俊光君が意味深に『それなら良かった』って呟いたのは、こういうことだったんだね。
けどここ……結構するんじゃないの? お泊まりが終わってお金払えないってなったら、あくせく働いて返さないといけないんでしょ? 大丈夫なの?」
そんな冗談みたいなことを、大真面目に心配して言うから面白いんだよな、コイツは。
「大丈夫だって。いかにも敷居が高い旅館に見えるけど、値段は想像しているよりも高くないんだぞ。その上、学生という身分をふんだんに利用して割引をしたら、俺でも手が届くぐらいになったしな」
「でもぉ……」
「いいんだって。俺がお前と二人でとことん楽しみたくて、勝手に予約したんだから」
「っ、俊光君っ」
「わっ」
菜子が真正面から抱きついてきた。
「ありがとう。じゃあ私、素直に喜ぶねっ」
「うん」
俺も菜子に応えるように、腕を回して包み込んだ。