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Fake it

第5章 Red heart

【翔side】






俺はバカだ。





「バカだろ」





タイミングを逃したまま、大事なツアーに臨むつもりか。





いや、問題はそんなことじゃない。





いやいや、ライブは「そんなこと」ではないけども。





俺達は、あの人が真ん中で笑っていてくれないと駄目なんだ。





いや、俺達、じゃなくて、俺が。





俺が。





「どうするんだよ…」




キレイ事の理屈であの人を誤魔化せるとでも思ったのか。

要は俺は嫌だったんだ。

あの人が、俺の知らない所で他の男に頼みごとなんかして。

それを俺にも秘密にして。

ご機嫌に酔っぱらって。

可愛い顔でふにゃふにゃ笑って。

あの人を喜ばせるのは俺の担当なのに。

単なるエゴだ。

バカだよ。

「バカ過ぎる…」

いい加減にしろ、俺。

バカ。

「バカッ!!」

「ハイッ、すいませんっ」

「へ?」

突然マネージャー君が大声で謝ったから、我に返った。
手に持ったタブレットの画面では、また動画が終了してる。

「こんなに混んでると思わなくてっ
まだ時間はありますんでっ
間に合いますからっ」

あ~……。

「ごめん、独り言です
気にしないで
俺、寝るから焦らなくていいよ」

「ハイッ」

見ていても役に立たないから、タブレットをバッグにしまって。
代わりにタオルを取り出して、顔の上に乗せた。

はぁ~………。

また、溜息を吐いて、俺は思う。
この数年、あの人のことで思い悩むたびに、いつも辿り着くのは同じ答え。

最初が間違ってたんだ。

何事も最初が肝心、っていうけど。

俺達は。

いや俺は。

最初の時に間違った。

智君と初めて抱き合ったあの時に、どうしてちゃんと想いを伝えなかったのか。

あの時にちゃんと、ただ一人の特別な人として智君に気持ちを伝えてたら、こんなにフラストレーションが溜まる関係を何年も続けるはめにはなってなかった筈だ。

抱き合ってる時の、あの人の幸せそうな顔。

それを、普段から隣で、俺のものとして誰はばかることなく受け取れてたかもしれないのに。

俺は間違ったんだ。

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