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Fake it

第5章 Red heart

【翔side】

他の人よりも少し早く仕上げれば、その分、出来ない奴の面倒を見ろ、と言われる。

自分の練習に使う予定の時間を、他人の練習に付き合わされて奪われる。

努力なしに何でも出来る奴なんて居るわけないだろう、と思うと、昔は、何もしないで他人に嫉妬するやつらを心底軽蔑したもんだ。

ぐだぐだと恨みつらみを吐いてる暇があるなら、道端のゴミ拾いでもしてろよ。
そうすりゃぁ、お前らだって、少しは世の中の役に立つだろ、って。

あれだけの人数がいる組織の中で、その他大勢に埋もれるのが嫌だっていう意地があるのなら。

自分に出来ることと出来ないことを冷静にしっかり把握して、分析して。

ここぞというポイントで自分を使ってください、ってアピールするのが当たり前なんだ。

それを運不運で簡単に片づけて、自分は何一つ悪くないのに、って開き直る連中が、当時の俺は一番嫌いだった。

思えば、そういう俺こそが、思いやりが無くて心が狭い、嫌な奴だった。





あの人と同じ舞台に立って、自分が思っているよりもずっとずっと出来てないことや、実力もないのに単に事務所のお陰で舞台に立ててるだけなんだ、ってことを認めるしかなくなって。

必死に努力してみても、一朝一夕で結果が出るようなものでもなく。

気持ばかりが焦って空回りしてた。





ある時、ホテルで俺はあの人に言ったんだ。

今からその辺の女とやってくるから、今日は帰らない、って(爆)。

今思うと、若いってバカだなぁ、って呆れるけど(笑)。

俺が煮詰まってることに気づいてたあの人は、それまでずっと黙って見てるだけで。
アドバイスとか、助言めいたことは何も言わなかったんだけど。

この時ばかりは流石に反対した。

「翔ちゃん、ダメだよ
明日の公演に響くから」

不安そうに眉尻を下げて、俺を止めようとした。

ベッドに腰掛けたまま、外出の支度をする俺を困った顔で上目遣いに見てて。

あの人が優しいのに甘えて、俺は八つ当たりしたんだ。

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