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夜の影

第16章 明日の記憶

【翔side】


「翔ちゃん、
もしかして口に合わなかった?
まずかったら残してもいいよ?」



ああ。

またやってしまった。

相葉君の心配そうな声がして我に返る。

作ってもらってるのに美味しく食べられないなんて最低だ。

俺は慌てて首を振り、目の前のチャーハンに集中する。

会話もろくに出来ないんだから、せめて態度で示さないといけない。



「そんなに口に詰め込んだら飲み込めないでしょ?
ゆっくりでいいよぉ」



相葉君が笑いながら言ってくれる。

申し訳なくて、彼の顔が正面から見られない。

サトシが目の前にいたなら、言葉に出さなくたって、憎まれ口もきけたんだ。

ばーか、ばーか、って。

サトシはそんな俺を見て、いつも顔をクシャクシャにして笑ってた。

最初こそ突き放されたけど。

サトシは一緒に居る間ずっと、何も訊かないで俺のことを受け入れてくれてたんだな、って思う。



「ねぇ、もしかして翔ちゃん、って
呼ばない方が良い?
翔君、って言うよりも言いやすくて
嫌だったらやめるから」



詰め込み過ぎたチャーハンをモグモグと噛んでいたら相葉君が言った。

最初に会った時に、ショウってどういう字を書くの、って訊かれて。

漢字を教えたら、相葉君は自分の名前の漢字も教えてくれた。

本当は、秘密を守るために、バッチ以外に本名を教えたらいけない、って言われてたんだけど。

相葉君は「玉」じゃないってジョウシマさんから聞いてたし、世話になる人に嘘も言いたくなくて。

何の他意もなく尋ねてくる様子は、単に俺の緊張をほぐそうとしてくれてるからだろうって伝わってきたし、相葉君は、俺のことは、事情があって預かってる人、ぐらいにしか聞かされてないらしかった。



大丈夫だよ、って首を振って伝えて。

サトシは俺の名前がどういう字を書くのか、知らないんだろうな、って、また思う。

俺も知らないし。



あんなことをして。

あんなにぴったりと一緒に居て。

他の誰にも見せたことが無い顔をいっぱい見せて。

抱き合って眠ったのに。

サトシのことを、俺は何にも知らない。

それが悲しかった。













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