テキストサイズ

夜の影

第30章 movin' on

【智side】

ヘッドスパの後で髪をカットされて。鏡の中で美しく動くヒロさんの指を眺めながら、仕事の話を聴いた。

玉の中には大金持ちに気に入られて、身請けされた人も居るそうだ。お客さんが借金を肩代わりしてくれて、その人の元へ行った、って。

攫われて人生が狂ってしまう人と、反対に逆境からシンデレラみたいになる人と。
どちらにしても今までのオイラには全く縁のない話。
だったんだけど……。

「暁のお客様は紳士ばかりだし、ひょっとしたら貴方も玉の輿があるかもしれないわね。
初めては色々不安だろうけど、頑張りなさいよぅ。
アタシも気合入れて綺麗にしてあげるからねっ」

ヒロさんはオイラも何か借金があって躰を売ることになったのだと信じ込んでいるらしく、励ますようなことを何度か口にした。

親切で言ってくれてるのはわかるけど、聴いているうちになんだか段々と気持ちが落ちてくる。

「さ。疲れたでしょ。
それにお腹空いたわよね?
一段落ついたから休憩しましょう」

濡れた頭をザッと乾かしてからテーブルに移動して、出してくれたパンケーキを食べた。それが、生のフルーツとカスタード、ホイップクリームが山盛でめっちゃ美味しくて。

「うまっ」

「んふふっ、やっと笑った。朝ごはん食べて来なかったの?」

「……緊張してたから」

「そっか、心配なのね。
ノリに任せておけば大丈夫よ。
あの人、ああ見えてちゃんと情もあるし、責任感も強い人だからね。
今のアタシがあるのも全部ノリのお陰だもん」

テーブルに頬杖をついたヒロさんは、モミアゴ髭が凄いんだけど、まるで母親みたいな柔らかい表情でオイラを見ていた。

食わせるのが好きな人なんだな、と思う。
ウチのかーちゃんもそうだった。

「ヒロさんは、あの人とどうやって知り合ったの?」

「アタシ? 同級生よ」

「えっ!!」

全然同じ年に見えない。
髭のせいかヒロさんの方が10歳は上に見えた。

「なによ、言いたいことわかるわよ?」

「あ、えっと、ヒ、ヒゲのせいじゃないかな、多分?」

「そーよ、アタシ悪いけど髭無しなら恐ろしい程のイケメンなんだからね」

恐ろしいほど、って。

「あんまり美しいから隠してるのよ」

「ぐっ」

ダメだ、ウケる。

「はははは!!」

顔を隠して下を向いたけど、笑い声が出るのは我慢出来なかった。


ストーリーメニュー

TOPTOPへ