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夜の影

第32章 愛に似たもの

【紀之side】

出掛ける身支度をしてから電話を架けていると、ヒロが戻って来た。持って行った一人用の土鍋をそのまま手にしている。
キッチンへ行った後で、今度はコーヒーを手にソファへ座った。

顔が見るからにションボリしている。
電話を終えた俺を物言いたげに見つめた。

「まだ多少の時間はある。
言いたいことがあるんじゃないのか?」

こちらから水を向けてやった。

「うん……
ノリ、あの子、サトシは玉じゃないのね?
アタシ、てっきり新人さんだとばかり思ってた。
それにしては、いくら仕込みでも随分甘やかしてるなぁ、って。
今回、言葉も禁じてないんでしょ?
いつもなら早く仕事に馴染むように、アタシにもアキラって呼ばせるのに……
どういうことなの?」

既に年季が明けてアキラを上がったヒロには、事と次第は伝えないつもりだったが。
智の面倒を見てもらうのだから、全く何も知らせないわけにも行かないだろう。
それに、正直なところ今回の件は、少々俺の手には余る。

富豪に取り入った怪しげな男。
サカモトの弟の件。
不安定になっているカズ。
二宮の血を引く智は、今、発熱している。

不確定な要素が多過ぎるのだ。
俺はヒロにざっくりした事情を話すことにした。

「香港のMr.Chanは知ってるな?
彼から暁の会員にして欲しい男が居ると紹介があった。
特別な人だから十代の初物を、という話で」

「マツオカくんのお客さんよね?
確かまだ40代でしょ?
でも、最近体調があんまり良くないって話じゃなかった?
泊っても楽出来るから良い、ってマツオカくんが言ってたけど」

智を起こさないように気遣ってるのか、ヒロの声は静かで落ち着いている。

アキラの仕事が入ると、玉は皆、ヒロのサロンへ磨きに行くから、その時にでもマツオカから聞いたのだろう。
面倒見がいいヒロには、懐いている玉も多い。

「どうやら健康上の問題があるらしい。
それが催眠療法で劇的に改善したとかでな。
世話になっている担当医師を紹介したいと言っている」

「え~? 十代の初物なんて贅沢ねぇ。
そう簡単に見つからないじゃないの。
いくら太客の紹介だからって、そんな初めての客に初物は回せないわよ。
それでなくたってマツオカくんを毎回指名で押さえてるくせにさぁ。
断れなかったの?」

予想通りの反応が返って来て、俺は目を閉じた。


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