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夜の影

第33章 初会

【智side】

都内のホテルに着いたのは17時になる少し前。
高級で有名だからオイラも名前は知ってたけど、勿論入ったのは初めて。

タクシーを降りてからずっと背中に手を当てられて、ヒガシヤマさんにエスコートされてる。右も左も分からないから、ついて行くだけだった。

「いいか、サトシ。今からアキラを演じるんだ。
芝居で役を演じてると思えばいい。
そうだな、ヒロが言っていたように、どこかの国の王子様のつもりで」

「オイラが王子様? え~無理無理」

「そんなことはない。
暁のアキラは高嶺の花だ。
笑いかける必要もないし、話さなくてもいい。
澄ましてお茶を飲んでろ」

「それだけでいいの?」

「そうだ。
他のアキラにも同じようにさせている。
オドオドすれば見くびられるぞ。
簡単には手に入らないものだからこそ大切にされるんだ」

タクシーの中でそんな説明があった。
今日は顔合わせだけだから、映画のエキストラだと思えばいい、そういう仕事と思え、って。

けど王子様なんて見たこともないし、あんまり感じ悪いのもなぁ、って考えて。ここに良い見本がいるじゃん、と気づく。
ヒガシヤマさん的にクールにしとけば大丈夫だろう。
オイラの柄じゃないけど、仕事なら仕方ない。

フカフカの絨毯が敷かれた床が、ちょっと歩きにくくて不安定だな、と感じながら、背中に当てられたヒガシヤマさんの手に意識を集中する。

『僕はアキラ。暁のアキラ』

自分に言い聞かせつつ歩いた。



けど、結構イッパイ・イッパイで。
やたら立派なソファがあちこちに置いてある広いロビー? で、オイラ達は先に座って客を待っていたんだけど。

「ヒガシヤマさん」

「Mr.Chan」

やって来た人を迎える時は、スッと立ち上がってから、すぐに外していたジャケットのボタンを留めて、ってヒロさんに教わったことをやるのに忙しくてさ。
頭の中は真っ白だった。

「待たせて申し訳ないです。
貴方は相変わらずですね。
いつ会っても少しも変わらない」

「お元気そうで何よりです。
大人もお変わりない」

タイレンと呼ばれた人がオイラをチラ見する。

思ったより若い。
若い子を買う人って、もっとオジさんなのかと思ってた。
この人はハヤシさんじゃないよな?

無意識に愛想笑いをしようとして。
口の端だけ何とか少し上げた。


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