テキストサイズ

夜の影

第36章 裏・返し

【智side】

大人三人の話を何となく耳にしながら料理をつまんで、注意深くハヤシさんの視線を避けていた。
会ってからずっと、観察されている気がする。

けど、それはオイラの方でも同じだった。

前回はまともに顔も見られなかったけど、この人はあのハヤシさんで間違いない。
こうやって声だけ聴いていると、自分の中でどんどん確信していく。

話し方に特徴があるんだ。
上手く表現出来ないんだけど、指導されてる感、と言うか、独特の圧がある。

凄く不思議な雰囲気で、子供の頃、じーちゃんにも訊いた。教会の人って偉いの? って。

『ケッ! バテレンの宣教師なんざぁ、うさん臭くって碌なもんじゃねぇ。
智、妙なのに近づくんじゃねぇよ。
神仏のご加護が届かなくなるかんな』

実際のセリフは忘れてしまったけど、バテレン、って言うのが可笑しくて。皆で大笑いした。

「ふふっ」

思い出し笑いをしてしまったら、急に座が静かになった。
なんだろ?

「この子は非常にエレガントだ。
それに、とても可愛らしいですね」

「恐れ入ります」

ハヤシさんに、ヒガシヤマさんが淡々と返す。

「何か面白かったですか?
アキラは漢詩がわかるの?」

Mr.Chanに言われて、オイラは固まった。
さっきからトホとかリハクとか聞こえてたけど、ハヤシさんの話し方に集中してて、会話の内容はちっとも聴いてない。

「カンシ」

って……ああ、漢詩か。

「えっと、仙人の人ですよね。お酒が好きな。
牀前月光を看る」

顔の前で指を動かしながら答えた。多分、合ってる筈。

「おお、『静夜思』だ。
アキラは李白が好きなのですか?」

「じ、祖父が好きだったんです。
僕は詳しくありません。
碁会で配るから、って、色紙に筆で書かされたことがあって、ちょっと思い出しました」

深く突っ込んで訊かれたら困るな、と思いながら言うと、Mr.Chanがハヤシさんにドヤ顔で話しかけた。

「見ましたか?
この子は書が解るんです。
これが『暁のアキラ』ですよ!
素晴らしい!!」

「ほんとに全然詳しくないんです。
字の形で覚えているだけなので」

ハヤシさんも笑顔でオイラのことをじーっと見ていた。
どうにも落ち着かない。

「あの、僕、手を洗ってきます」

隣で平然と日本酒を飲んでいるヒガシヤマさんに声をかけて、席を立った。


ストーリーメニュー

TOPTOPへ